彼方へ響く
†[心の隙間](1/34)
 朝もやの中、礼拝堂からは厳かな鐘が響く。

 時を告げる鐘の音に、アイレーンはまどろみから目を覚ました。

 今は少女の姿をとっているその身体は、全体的に丸みを帯びている。

 赤く可憐な唇からは小さな欠伸がもれた。

 アイレーンは自分に宛がわれている部屋では、本来の姿でいる。

 少年の姿はいくら素の自分とその外見があまりかけ離れていないとはいえ、やはりずっと化けていられる、というわけではない。

 それなりに緊張し疲れるのと、もう一つ。

 香の持続。

 アイレーンの『化ける』という能力には、香が必要不可欠なのだ。

 何故なのかはよく分からないが、常に香を身に纏っていないといけないのだ。

 この城に来るまで『化ける』頻度が少なく、香料を滲みこませた布を燃やし、その煙を被るぐらいで事足りていたのだが、ここではそうはいかない。

 いつも身に付けていた巾着の中身のポプリが、今唯一の頼みの綱だった。


 ただ、それだけではどうにも不安で……。どうにかしなくては、とアイレーンは頭を悩ませていた。


 自分一人ではもったいないほどの大きな寝台。

 アイレーンは伸びをしつつ起き上がり、天幕をめくった。

 部屋の中は、薄墨を流し込んだ夜のような暗さだが、先程の鐘で今が早朝だとわかる。

 いつも身の回りのことを何かと世話をしてくれる使用人、サマンサ、という女性が来るまでは、あと一時間はあるだろう。

 アイレーンはもう一度寝直そうかと思ったが、廁(カワヤ)のことが頭の中にちらついて、そのまま起きることにした。



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