ネオヒューマン
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陽が沈み、夕焼けの淡い余韻が残る、そんな優しげな空だった。
茜雲を追いかけるようにして、一人の少年が広々とした住宅街の中を駆け抜けている。

だが、その表情には一切の余裕はない。顎が上向き、足はもつれ、喉からは肺の悲鳴が、ひっきりなしに聞こえている。

少年は走りながら首だけ後ろにねじ曲げて、背後を振り返る。

「げっ! まだいる! しつこいな!」

少年は再び向き直って、走ることに集中した。

「おい...待てっ...!」

どすの聞いた太い声が、少年の背中に投げつけられる。しかし、その声は、ほとんど息が上がっていた。

「やだね! 誰が捕まるかい!」

疲れが見えてはいるが、まだ声に元気があった。子供の体力は無尽蔵だ。

対する追っ手の方はと言うと、もうほとんど、走る力が残っていないように、手と足が空をかいていた。

野太い声とマッチした男のずんぐりむっくりな体型だった。無理もない。
むしろ若い少年をここまで追い込んだことに、驚きを隠せない。評価に値するだろう。

だが、ここらが限界だった。
ずんぐりむっくりな男は、完全に体力が切れたようだ。地面に前のめりに倒れて、動かなくなった。

少年が、さっきのように首だけ振り向いて、勝ち誇るように言った。

「バーカ! おいらを捕まえようなんて百年早いんだよ!」

やっと追っ手から解放されて安心したのか、少年は速度を緩めて歩き出した。
だが、どうやらそれは間違いだったようだ。
前に向き直った瞬間に、少年は大きな壁にぶつかってバランスを崩して転倒した。

「さて、それはどうかな? 合計すれば、そろそろ百年だ」

壁だと思っていたが、違っていた。
尻餅をついた少年の目の前には、一人の男が立っていた。

「す、すいません。またヘマしてしまいました...」

倒れていたずんぐりむっくりの男が、かろうじて声を上げていた。

「げっ! またあんたかよ!」

下から見上げる少年の顔には、うんざりとしたようなシワが刻まれていた。

「年上に対する口の聞き方がなってないな。俺は実年齢も上だし、覚醒もお前よりだいぶ早い」

男の声が、高いところから降ってくる。

「そんなの関係ないね。それより、また今度も手伝わないといけないのか。最悪だよ。久しぶりに遊べると思ったのに...」

「万引きは遊びじゃない。泥棒っていう立派な犯罪行為だ」

男が少年の腕を持って立ち上がらせる。

「へいへい、わかりましたよ」

「おい、桜井。さっさと起きろ。もう十分回復しただろ」

男が少年を後ろ手に取り押さえながら、まだ地面で、忙しなく上下している大きなお腹目掛けて声を掛けた。

「まだ無理です...。今回はけっこう走ったんですよ...」

情けない声が返ってきた。

「それは確かに」

少年が笑っていた。

「頑張りは認めよう。だが、早くしてくれないと、次の患者がお待ちかねなんだ。あと、10秒で起きろ」

「淵野辺の兄貴...せめて、30...」

「15」

「お、鬼だ...」

「ありがたく思って欲しいもんだ。まったく。ネオに入ってから、こんな仕事ばっかりとは。さすがに飽きてくる...」

少年の頭に、自分の顎を乗せながら、淵野辺が深いため息を吐いていた。


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