私の居場所を狙うあの子
[湯川くんと私](1/5)

此処、ですか?」


私が必死に走ったのは約20分前。

とうとう見切りをつけたのか

早く乗ってと
もはや強引に自転車を譲り受け

普段通り、重たいペダルを回す私の前には
パーカー姿の千秋が走っていて

後ろから何か掛け声を出した方がいいのかと
迷う私の気持ちを悟ったのか

そのまま着いて来てと言われ

今に至るわけだけど。


なにこれ?軽く私の家の二倍はあるよ?」


普通の一戸建て、ではなく

屋敷と呼んだ方がしっくりくる
煉瓦の家を前に
私の心はいつ怯んでもおかしくない。

何だか急に
運動不足のデブ湯川くんというより

もしかすると
中に一流のコックさんがいて

自然に太ってしまったんじゃないかと考える。



「つーかチャイム何処だよこれ」


もしかしてアレかな?テレビでよく見るノック式の?」


「いや多分これじゃね?」



私に何の合図もなく
スッと手を伸ばし呼び鈴を鳴らした千秋は

ついさっきまで堂々としていたのに

急に私の後ろに回り込んでは
後はよろしくと言われ

実は人見知り?
そうクスクス笑い声を立てそうになったその時。


「はーい」

静かに開いたドアから
そっと顔を出したその人は短髪で
背の高い男の人。

体型は細身で
キリッとした眉毛によく見ると

鼻がツンとして
あれ?
家を間違えたのかと一瞬、錯覚を起こす程。

つまり、ハッキリ言うと
なかなかの美形だと私は言いたい。



あの、私。湯川くんと同じクラスの鈴村七海と言います」


「そーなんだ?」


えっと、様子を見に来たんですけど。湯川くんいますか?」


「さぁ、いないんじゃない?」


え、いない?」


「てかあのクズ友達いたのかよ。それも同類の」


「ど、同類?」


「あーごめんね、こっちの話。多分あいつならこの近くの公園にいると思うから良かったら行ってみて」


わかりました」


「まああれだ。これからも仲良くしてやってよ」


最後に薄気味悪い笑顔を浮かべ

私の返事も待たないで
玄関の扉をパタンと閉められてしまっては

何だか呆気なくて

たった数分しか話していないけど

あんな男が家族だなんて
湯川くんもさぞ苦労してることだろうと

勝手に同情してしまった。


「湯川いねえの?」


さっきの話を全然聞いていないであろう
彼の問い掛けに小さく頷くと

今度は私の質問に、彼が答える番。


「この辺に公園ってある?」


「あったと思うけど」


「そこに湯川くんいるみたいだよ」


私の頭で暗記している
内容をそのまま伝えると

あえて湯川くんのお兄さんについては
触れないまま

端っこの方に止めておいた
自転車のスタンドを
大袈裟に蹴りあげたのは他の何でもない。

ただの、不恰好な八つ当たりだ



「さっきのこと気にしてんの?」


自転車のハンドルを両手で握り

前へと押して歩く私の隣には
相変わらず彼がいて

気を使ってくれたのか
それともただ気まずいだけなのか

彼の表情からは何も読み取れないけれど

私はその質問に、目線を落とす。



「やっぱり聞いてたんだ」


「そりゃ真後ろにいたからな」


「ですよねぇ」


「鈴村さん、もっと自分に自信持った方がいいと思うよ」



春の心地好い風と共に
彼の声が私の耳まで届いてきた。


自分に自信を持つ

口なら何とでも言えるよね

みんなそうだ。

私をからかって
中途半端に貶してくる人が今まで沢山いた。


でも不思議。

素直にその言葉を受け取ろうと

さっきまで下を見つめていた意気地無しは
空を見上げてた

これってきっと、隣にいる千秋のおかげ。



あ、キレー」


自分の醜い顔を隠すように

猫背で身体を丸めていた
過去の私と
今すぐサヨナラするなんて、無理がある。

でも背筋をしゃんと伸ばし

あの春の夕暮れを目に焼き付けている
今の私は少し好き。



皆川くんって、凄いね」


何故か言いたくなった。

あれほど自分で拒んでいた事を
自ら伝えたくなった。

私が武藤七海だと

あなたの隣にいたのは私だよって

ちっぽけなプライドや
よく思われたい子供じみた感情も

全部、洗い流してくれる

そんな私の幼馴染みは
乃彩よりも
他の誰よりも、凄いと思った。


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