戦うのに右手は必要か

[麻季と冬](1/1)


 三年前の冬。まだ麻季ちゃんがこの世界に色を落としていたころ。



「さんむいよーっ」


 すらりとしたスタイルに平均よりはやや高く見える身長、握り潰せそうな小さな頭には短めの黒髪が光っている。甘さをどことなく残した、しかしきりりとした表情のなかなかの美少女であった。顔に似合わずどことなく剽軽そうな空気が漂っている。



 整った眉をひそめ体を抱きしめるように腕を回し片足をごしごしと道着にこすりながら叫んでいた。寒さは全く癒えない。空気は冷え渡り、道場の畳はひんやりしすぎて足の感覚をあっという間に奪ってしまう。練習の寸前まで靴下を履いていようと思い少女は小走りで更衣室に向かった。
 とてとてと畳を叩く音がぴたりと止む。


「麻季ちゃん、ちわ」


「ちわー、冬」



 にこりと笑ったその顔は愛らしいの一言。
 先ほどの少女に麻季と呼ばれたその少女は、猫っ毛のショートカットに柔らかい雰囲気の整った顔立ちを持つやはりなかなかの美少女で、セーラー服に包まれた体はすらりとしているが170近い高身長である。少し生意気そうな顔をした冬が猫ならば、麻季のふんわりとした顔立ちは犬のそれである。道場の方を見やりなが麻季は冬に尋ねた。
「あれ、まだ皆来てないの?やっぱりもう今日は来ないのかな」
 冬はぷくりと頬を膨らませて明らかに不機嫌そうな声音で答える。
「さー?どうせ昨日言ってたみたいに援団の練習とかなんとかぬかすんでしょ。青春だねぇ」
 呆れたというかのような表情。麻季も困ったように微笑み、だねと言って返す。
「先生も運動会の準備で忙しいし、しばらくは二人で自主練だね、冬。着替えて来るよ」






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