まるしかくさんかく うら若きかつての友よ(1/18)


紅茶を淹れて、冷蔵庫にある白い箱を開け一つ取るとお皿に置く。律くんが担当している作家さんのお墨付きだという高級ケーキ屋のモンブランを律くんのお母さんに出して、差し向かいの席に座った。

「あら、美味しそう」

律くんがお世話になっている女性作家さんがよく下さるんです、と話した。

「そうなの。あの子も上手くやってるみたいね」

お母さんは口角を上げて、嬉しいという気持ちを隠すことなく言った後、ふと真顔に戻って言葉にした。

「あっ、でも海さんはモンブランが苦手なのよね。残念ねぇ、こんなに美味しいのに」

そう告げてから、フォークでモンブランの端を取ると、また一口頬張って笑みを浮かべ、残念ねぇと繰り返す。

「はい。でも、お母さんに食べていただけて良かったです。律くんも、母さんが好きそうな味だって、言っていたので」

声にした名前にあからさまに気分が上がったらしい彼女は、側にある写真たての中の律くんをしきりに眺めていた。
形の良い唇の上に真っ赤な口紅。お母さんが笑う度に、ホワイトニングのし過ぎで異様なほど白い歯が顔を出す。私は出来るだけ自然に視線を彼女から切り離した。そうしていないと、昼に食べた簡単に作っただけのチャーハン一人前が胃からかけ上がってきそうだったからだ。

友達の息子のお嫁さんの話になると、もっと気分が落ち込んでくる。

「孫が最近産まれたらしいの」

案の定口にされた台詞に、私は笑ったままの表情をキープすることに努めては、相槌だけに集中する。誰かの誰かのそのまた誰かの子供の話を飽きもせず喋り続ける目の前の女性。
ここのところずっと、律くんのお母さんは15時頃にやって来て、毎回決まったように同じことを聞かされる。
お母さんにとっては別の誰かの話でも、既に知っていて酷く退屈な昔話を聴いているような感覚だった。

律くんのお父さんが簡単に買ってしまった分譲しか無いマンションの一室に、子供も居ない専業主婦が旦那が帰るまでの間、一人過ごしている。彼女からすれば、来たばかりの土地に馴染めず寂しい思いをさせてしまわぬように、なんて親切心から来るボランティアなのだろう。




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