海月強化週間。
[海月強化週間。](1/1)



「今月も海月強化週間が始まります。」

校内放送。町内放送。ニュース。新聞。週刊誌。
ファッション雑誌。広告。張り紙。ビラ。

至る所にその文字は踊り、
右を向いても左を向いても
「海月強化週間」だらけだ。



近年、考えすぎる現代人が大幅に増えており、性別問わず、年齢問わず、自ら命を絶つ者、心を病む者が増えていた。

この強化体制が始まったのは、
そんな時代の中でも
例年より遥かに上回る自殺者を記録した一昨年のことだ。

あまりに増えすぎた自殺者に、世間は戸惑い、多くの混乱を招いていた。

そこでついに政府が動いた。

前々から思っていた事ですが

と、「考えないこと」をテーマにプロアマ年齢問わず、作品を募ったのだ。

写真でも、作文でも、絵でも、詩でも、歌でも、形式は問わないものだった。

たくさんの応募作品の中から、いくつかの作品が世に送り出された。

公平に判断をするため、それらの作品は全て無料で配布され、国民たちは各々感想を提出することが決まっていた。

その中で、最優秀賞を与えられた作品。
それこそが「海月強化週間。」だった。

その作品は中学生の男の子が書いたもので、

自分を海月だと思うことを定期的に行うのはどうだろうか。というすごく単純な発想のものだった。

海月には脳が無いから、考えること自体ができないのではないか。という言葉で締められたその作文は、多くの国民の心を打ったらしい。

そこで、政府は次に、この作品をもとにし、国民すべてに、海月強化週間として、自分を海月だと思いながら過ごす期間を設けることを決定した。

この期間は、国民の生活を最低レベルで国が保証しており、家の中でゆっくりと過ごさなければならない。

仕事はできないし、学校にも行けない。

確かに多少不便ではあるが、自殺者は減り、心を病んでいた人々が回復へと向かっていき、いじめや争いが格段に減ってきていた。

結果としては、申し分無かった。

考えないこと。
考えないこと。
考えないこと。

考えないって一体どうすればいいんだろうか。

考えようとしなくても頭にぐるぐる渦巻くいくつもの欠片は

考えることになってしまうんだろうか。
そもそも考えるってなんだろうか。
そもそも脳がないってなんだろうか。


それから3年後、
海月強化週間は廃止された。

その年、国民の半分が自殺者となり、街は廃れ社会の流れは止まった。

考えないこと。を考え過ぎた結果、皆、狂ってしまったらしい。

そんなこんなで海月強化週間は廃止されたわけだ。

ほら、君が今歩いてるここ。
ここはこの国の中心。
3年前まで人で溢れていた。
街は夜になっても活動していたし、
辺りは色とりどりのネオンで彩られていたんだ。

え?考えられない?
そうだろうね。
だってここは今じゃあ瓦礫の山だ。
人の気配なんて全くない。

え?僕はなぜ狂わなかったかって?
それは君、僕は考えることを辞めなかったからだよ。
いや、正確には辞められなかったんだ。

考えないこと。
考えること。

どちらかなんて選べない。

どちらが欠けても人は狂ってしまう。

対であるそれが今、僕たちを生かし続けている。


その事に、気づかない人が増えれば、

恐らく、また。

そうはならないことを願っているよ。


最後に残された僕は、

口を半開きにほうけていた。

数秒後、

真顔に戻った僕は

自らが思考を放棄することに
いつの間にか慣れ始めていることに気づいた。

ぞっ。とした。
強い恐怖心に駆られた

人間でいられなくなるのは嫌だ。
いやだいやだいやだいやだ

っ!!!!

どろりと流れ出した物を見て
胸に灼ける様な痛みを感じて

僕は何をしてしまったのか。
理解せざるを得なかった。

畜生。畜生。

ああ、これが。

そうか。

望みはこれか。

つぅっと涙が一筋。

伝えなければ。
とんでもないことが起きていることを。

考えなければ。
こんなやり方に異議を唱える方法を。


誰も、誰も、誰も、

気づいてないだなんて。

そうだ。

初めから

そして、気づく。

僕はまだ思考を放棄してはいなかったと。

皮肉なもんだ。

乾いた笑いがこぼれた。



――今月もーーーが始まります。





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