愛都市の異常な日常
#[スイッチャン](1/11)
#スイッチャン
「トロトロ歩いてんじゃねえよ、ジジイ! 殺すぞ!」
 休日昼間の得手亜区。日本のニューヨークと称される愛都市随一の得手亜繁華街の中で、一人の男が杖を突く老人に暴言を吐いていた。髪を金色に染め、禁煙区域の道路で火のついたタバコを手に持つ、見た目通りの性格の男だった。
 彼自身は、特別な力を持っているわけではなかった。ろくに定職にもつかず、知恵はそこまで回らず、何か芸術的な才能があるでもなく、運動神経も人並み。生活態度は先ほどまで吸っていたタバコの吸殻を道に捨てる様を見れば一目瞭然。ましてやギフトなど、その存在さえ知らない。自分よりはるかに弱いものに対して怒鳴りつけることでのみ人の優位に立てる。そんな男だった。
 そんな彼が今日、とても不思議な体験をすることになる。
「ねえ、スイッチ押してよ」
 子供向けアニメで聞きそうな高い声が彼の足元から聞こえてきた。男が思わず声の方向に視線を落とすと、その奇妙な生き物はいた。
 角を丸くした星型のような姿の、青い一頭身の生き物だった。デフォルメされた顔がついており、人形が歩いているという表現がぴったりだった。
 男がこの得体の知れない生き物に内心驚いていると、生き物は担ぐようにして持っている絵に描いたような赤いスイッチをクイクイと動かしながらこう言った。
「ねえお兄さん、スイッチ押してよ」
 ここは某県の政令指定都市、愛都市。十六の区に分けられた、異常な日常が渦巻く街。


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