喰らう者
fragment.5[レッド・アイ](1/9)


 気紛れ。そう気紛れだ。

 インは占い師の言葉に乗ってみた。

 最後の一つだった小瓶の中身を飲み干して、墓地を訪れる。街外れに位置するだけあって、そこはなかなか寂れた場所だった。

 というより、今は使われていないのだろう。教会付近に墓を作るのが最近の主流だ。訪れる人のいなくなった墓は、ただ廃れるだけ。

 雨風に晒された墓標は所々が欠け、崩れ。草花が数えるほどしか生えていない地面は、ひび割れていた。

 人気のないこの場所で、一体誰に出会うというのか。

 いや、人はいた。墓地の真ん中に。

 濃紺の上着を羽織った、寂れた墓地に不釣合いな貴族風の青年。

 満ち足りた月の光に輝く黄金の髪が、風に靡いてサラリと流れる。髪をかき上げる手は白くきめ細やかで、それは頬も同じだった。髪と同じ色の睫毛に縁取られた瞳は、少しツリ気味で切れ長の翡翠。

 この世の美を集めた、美の化身と称するに相応しい青年。

 輝く美貌は暗い場所には似合わない。だが、青年の纏う言いようのない雰囲気が、墓地全体を包み込んでいる。

 この場の主は、正しく彼だった。

 アルヴィンは現れた男を見た。

 全身を黒で覆った、若い男。

 前を開けたロングコートが、風に吹かれてはためく。癖を帯びた髪は黒く艶やかで、それだけが他の黒とは異なっていた。長い前髪から覗く瞳は、鋭い眼光を放つ紅玉。

 この世の闇を全て集めた、闇の権化と評するに値する男。

 統一された黒は他の色とは溶け合わない。そして、首から提げた銀のロザリオが、墓地の中で清廉に輝いている。

 それを見て、この場の主は全てを悟った。


「まさか、そちらから現れるとは」


 アルヴィンは無感動に一言洩らした。思いのほか、簡単に見つかった探し人。これまでの月日を思うと、喜びと怒りが綯い交ぜになる。

 対するインは口笛を吹いた。麗しい相貌を持つ種族。経験でわかる。口内を確かめるでもないだろう。思いがけない獲物の登場に、喜び以外の感情が湧かない。


「たまには、占いを信じるのも悪くないかもな」


 意味のわからない呟きに、アルヴィンは眉を顰めた。だが、直ぐに気を取り直す。

 死に逝く者の言葉など、気にしても意味がないのだから……。


「貴様が吸血鬼殺しで間違いないな?」


 問われ、インは少し目を丸くした。顎に手を当て思案する。


「あー確かそう呼ばれているかもな。自分で名乗ったつもりはないんだが」


 飄々と答える姿に、アルヴィンは苛立つ。この余裕、人違いではなさそうだ。偽者に割く時間はない。次の質問をする。


「貴様は、殺した吸血鬼をどうしている?」


 二度目の問いに、インはまたも目を丸くした。しかし、今度は考える代わりに口角をつり上げる。


 「始末しているに決まっているだろう? 欠片も残さずにな」

 「そうか」


 予想通りの答え。湧き上がる感情を抑え、青年は瞑目する。暗闇に浮かぶ、日だまりのような笑顔。


 「最後の質問だ。殺した吸血鬼のことを覚えているか?」


 翡翠が相手を真っ直ぐ射抜いた。そこに映ったのは、白い歯を覗かせる極上の笑み。


「まさか」


 簡潔な答え。抑える必要はもう、ない。


「では、心置きなく死ね!」


 伸ばした爪を、インの喉元に突き刺した。が、爪は空を裂く。


「残念〜」


 癪に触る声が、耳朶を擽った。そこに紛れる金属音。こめかみに冷たい何かが触れる。

 咄嗟に、頭を振って体を倒した。頭上を通過する針。素早い反応にインは口笛を吹き、体を後ろに傾ける。一瞬の後、高そうな革靴がその鼻先を掠めた。体を倒した勢いを利用し繰り出された、アルヴィンの後ろ回し蹴り。

 互いの初手はかわされた。愉悦と憎悪、二人の視線が交錯する。



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