短編集『ほどけた靴紐を結んで』
[『熱女(あつおんな)』](1/14)
『熱女(あつおんな)』
礼子は90歳のとき、畑仕事をしているうちに熱中症に掛かってしまい、その生涯を終えた。
曾孫の顔を見るのが楽しみだったため、成仏出来なかった。
黄泉(よみ)の国の案内人は
「礼子さん、貴女のお気持ちはよく分かります。しかし期日以内に渡らなければ、貴女は成仏出来なくなってしまいますよ」
と言い、彼女を諭した。
「それでも構いません。あれだけ楽しみにしていた曾孫の顔を見れずには逝けません」
礼子はそう応えた。
案内人はもう一度聞いた。
「本当によろしいのですか?」
礼子は凛として応えた。
「構いません」
礼子は曾孫の顔を見れた。そしてその手で頭を撫でてあげた。
もう思い残すことはない。
何もすることが無くなり、途方に暮れた。
曾孫の守護霊になるには資格が必要だった。
そのためには先ず、成仏しなければならない。
彼女はそれを逸してしまった。
礼子は若い頃の霊体に戻っていた。
セーラー服を着込み、学生鞄を持っていた。
ちなみに霊体の彼女にも、守護霊は居た。
戦国時代に名を馳せた武将の元で活躍した武士だった。
彼女に声を掛けてくる若い男子の霊を、ひと睨みして追い払った。
黄泉帰り、つまりは生まれ変わるという選択肢もあったが、彼女ははそれをしなかった。
浮き世に戻る気にはならなかった。
- 63 -
前n[*]|[#]次n
⇒しおり挿入
⇒作品?レビュー
⇒モバスペ?Book?
[編集]
[←戻る]