Pain Party
†Opening1 (1/1)
その夜は凍えるほどに寒く、部屋の中でも吐いた息は真っ白に染まっていた。
けれど僕の吐いた息以外、この部屋は真っ赤だ。
壁は赤い。きっと彼女の血の色。
床は赤い。きっと彼女の血の色。
天井も、きっと、赤い。
彼女お気に入りの白い調度も、清潔な純白のリネンも、今では赤く色付いている。
足下には、細かに千切れて散らばる肉塊。原形も分からないくらい砕けた骨、歯。鼻をつく、脳の奥に染み込む血の香り。
「……あ」
その部屋の中心に、僕は、へたり込むように座っていた。
パジャマが濡れている。髪も濡れている。顔にも何か生温いものがついている気がする。じっとりと鉄の香り。温かい。彼女と同じ温かさだ。大好きな彼女。大好き、愛してる。傍にいるみたいだ。嬉しいな。
だけど、怖いよ。
ねえ、寒い。
誰か。
助けて。
「……あ……う、ぅ」
叫ぼうとしたのに、喉が詰まったように声は出ない。
泣きそうになって視線を下げると、自分の手の中にあるビンに目が止まった。
たぷん
半分くらいまで入った液体が、残酷に揺れた。
父が分け前として放ってきた液体。たった今、僕の母と姉を殺した……薬。
未曾有の、毒薬。
「……こんなもの……」
呟きすら、まともな言葉にならない。
ビンを持ったまま腕を上げたら、重みを支えきれずにふらりと身体が揺らいだ。ただいま十一歳。貧弱だ。
「……割らなきゃ。割らなきゃ割らなきゃ割らなきゃ」
掲げた手が、それを拒否するように震える。それとも、身体全体が悪寒に襲われているのだろうか。寒い。
ビンを持った手を下ろして、自分の身体を抱き締めるように腕を回した。がたがたと怖気が腕を伝う。嫌だ。怖いよ。
「……割らなきゃ」
ああ、そうだ。
僕にはこれは割れないんだ。
これは割らなきゃいけないものだって分かってるけど、それでも僕には割れないんだ。
こんなもの欲しくないのに、これが僕にとって大事なものだって思っているんだ。
ああ、どうしようもない。
だから、僕は。
「……ごめんなさい」
頬を一筋、水が流れた。外気に触れて、すぐに冷たくなる。
「ごめんなさい。ごめん、なさい……いつか、ちゃんと、迎えに行きますから……」
言い訳のように呟いて、ビンを寝かせてその上に両手を添える。
視界がぼんやりしてる。僕は泣いているのかも知れない。
「 」
泣き声みたく囁くとビンの表面が淡く光って、鉄臭い絨毯に埋まるように姿を消した。
そのままふらりと立ち上がる。 重たいパジャマから、髪から、赤い水がぽたぽたと滴り落ちる。もう、血は冷えてしまっていた。身体にまとわりつく布地が気持ち悪い。寒い。
動きたがらない足を引き摺ってドアに辿り着くと、ノブに手をかけて息を吐く。重い鉄の匂い。もうそろそろ、慣れてしまいそうだ。
「……ごめんなさい。母さん。姉さん」
ドアを開ける。
冷たく新しい空気が僕を切り裂いた。
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