あの日と同じ空に
〜あの日と同じ空に〜(1/1)

鏡の前に立ってもう一度自分の制服姿を見直す。いつも少し着崩している制服も、今日だけはちゃんと身に着ける。時計をチラリと見ると、もうすぐ家を出る時間だ。
今日のカーディガンの色は黒。あの人が似合うと言ってくれた色だ。こんな些細な事さえ、あの人のことなら覚えている。

ふとした時のちょっとした仕草や、わたしが辛い時に見せてくれた何気ない優しさ、そしてあの少し困ったように眉の下がる笑い方。

そっと目を開くと、カバンを取って一階に降りる。いってきます、と小さく言い残して家を出た。まだ二月の肌寒い季節。
えた空気を胸いっぱいに吸い込んで、私は歩き出した。



「おはよう。美稀。」校門のすぐ手前で友達と会った。「おはよう。」私も笑顔で答える。「ついにこの日が来たんだな〜。」その友達は校門の前に立て掛けてある《御卒業おめでとう》の看板を眺めながらポツリと呟いた。「うん…。」
私の胸がツキンと痛んだ。だんだんと実感が湧いてきて、心が重くなってくる。

あの人は今日この学校を卒業する。

明日からはこの学校に、あの人の姿はない。私は何度かあの人のいない残りの一年を想像した。だけど、その想像はいつも途中でぼやけてしまって、うやむやになってしまっていた。わたしは無意識に考える事を放棄して来たのかもしれないと、今はそう思う。


2年生は先に講堂に入って着席して3年生を待つ。その間もわたしは無言でイスに座って考えていた。何度も想いを伝えようとしてそれでもできなかったこの2年間。辛い時もあったけど、私は心の中でわかっていた。

私はきっと告白できない。

臆病な私は、フラれる苦しみより、想う苦しみを選んだ。不毛だとは思う。だけど、どうしても言えなかった。自分のそんな性格に嫌気がさして、自分がキライになった。
でも…。だからこそ、私は今日、その自分から脱出する事を決意した。

最後なんだから…。


そんな思いも私を後押ししていた。昨日メールで卒業式の後で会いたいと伝えると、あの人は何も言わず了解してくれた。そんな優しさに、また私の恋は深さを増してしまっていた。



3年生の入場が始まる。列が半分も過ぎた頃、あの人の姿が見えた。あの人だけはやはり他の人とは違う。どこにいても、何をしていても、真っ先に見つけられるのだ。

式は淡々ととり行われ、最後は学校の校歌を歌って終った。まわりでシクシクと泣き声混じりに歌う声が聞こえて来たが。私は歌う事もできずに、ずっと俯いていた。



式が終り、写真の撮影や、別れを惜しむ人たちでごった返した講堂前で私はあの人の姿を探した。少し離れた所であの人を見つけた。近付こうとしたらあの人もこっちに気付いたみたいだ。少し手を振ると、校舎の方を指差して一つ小さくうなずいてくれた。私はその意味を理解し、何度も強くうなずいた。あの人はフワリと笑い、体を反転させて校舎の方に歩いて行った。
胸がドキドキして苦しいくらいだった。今さらになって後悔している自分に気付き、私は自分で自分を叱咤してあの人の後を追った。


3年2組。そのプレートが貼ってある教室の前で私は一つ深呼吸をした。どうか、ちゃんと気持ちが伝えられますように…。胸の前で組み合わせた手をギュッと握りしめた後、ドアに手を掛けた。


開いたドアの先。窓際の席に座り、頬杖をついて外を眺めている先輩が目に入った。そのキレイな横顔に私は息が詰まった。足が床に張り付いてしまって動かないみたいだった。そんな私に気付いた先輩がこちらを向いた。
「来たな。ここ座れよ。」
先輩はそう言って自分が座っているすぐ前の席を指差した。
わたしは言われるままにそこまで行き、席を引いて横向きに腰かけた。また先輩は窓の外に向き直り混雑している講堂前を見下ろしていた。先程までうるさかった喧騒は、今は遠く、かすかに聞こえる程度だ。教室の中は限り無く静かで自分の息遣いさえ聞こえてきそうだった。

固まってしまって何も話せない私に気を使ってくれたのか、先輩は少し微笑んで話しかけてくれる。
「何か、ほんとあっという間だったなぁ…。」
「はい。」
「やっぱり、出てくとなると寂しいな。」
「はい。」
「美稀は?さみしい?」先輩のいきなりの問いにはっ、として顔を上げる。そこにはいつもと変わらない、あの笑顔。泣き出してしまいそうなのをこらえて、なんとか言葉を返す。

「さみしいですよ。あたり前じゃないですか。」そうとう情けない顔をしてたのかもしれない。
先輩はふっ、と笑って私の髪をクシャリとなでた。
「そっか、ありがと。」
あぁ、言わないと。今言わないと…。

「先輩!私、先輩に言いたい事があって……。」何も言わずに目線だけで先をうながしてくれる先輩。焦れば焦るほどのどにつかえて出てこない言葉。緊張と焦りで震える体をなんとか抑えようとしてもどうしても止まらない。先輩は目をつぶって話し出す。その口元には微かな笑み。
「美稀にもいろいろ世話んなったよな。」

先輩、聞いて下さい。

「こう考えるとさ、お前との思い出けっこう多いよ。」

私は、入学式であなたに出会った時から、

「入学式ん時、お前、講堂の場所わかんなくて、泣きそうなってたよなぁ。」

ずっと、今まで……

「あれから、ずっと今まで、なにかと一緒だったよな。」

あなたの事を……

「俺、お前の事……けっこう大事だったかも。」…………。

「先輩…。」
「……なに?」

私の大好きな人。
一番…大切な人…。

私は顔を上げて、彼の目を見る。彼もまた私の目を捕らえる。



「卒業、おめでとうございます。」



苦しんだ末、私の口から紡ぎ出されたのは、私の想いではなく、言いたかった言葉でも無かった。だけど……


「……ん、ありがと。」

そう言った彼の笑顔は今まで見てきた中で一番キレイで、眩しくて……。
最後にこんな笑顔を見れた私はきっと、世界で一番幸せ者だ。なんて思ったりして…。

「じゃあ、俺、行くな。」
先輩は静かに立ち上がると、わたしを真正面から見下ろした。
そしてそっと顔を近付けて、本当に小さな声で私に耳打ちした。
私がそれを聞いて、コクリと一つうなずくのを見て、彼は教室から去っていった。

後に一人残った私はついに抑えることが出来ず、涙を流した。

けっきょく、私は何も言えなかったなぁ…。

後から後からこぼれ落ちる涙を拭おうともせず、窓の外に広がる空が赤く染まり出すころまで、私は動く事さえできなかった…。








どうして今、こんな事を思いだしたんだろ私はソファに深く腰かけて窓の外を見ていた。

あ…。そうだ、この空だ…。

窓からは夕方の優しく、淡い光が差し込んでいて、室内全体をほのかに赤色に染めていた。
あの時、教室の窓から見た夕日になんとなく似ている。この甘酸っぱく、少し切ない光が、私にあの時の記憶をあの人の笑顔と共に思い出させた。
なぜかたまらなく懐かしくなって、すぐそばにいる愛しい人に話し掛ける。

「ねぇ、はじめて思いが通じた日、覚えてる?」「……何?いきなり。」
そう言って笑う彼の笑顔は昔と少しも変ってなくて……。私の胸に暖かい光が溢れ出してくる。

「卒業式の日だろ?
けっきょく俺が告ったんだ。」

彼は楽しそうにクスクス笑う。

「美稀の告白が聞きたくて、言うの我慢してたのに、けっきょくお前言わねーし。」私は赤くなって、彼の膝を軽く叩く。それを見てなおも笑う彼に私はそれを遮るように言う。

「私、あの後一人でうれし泣きしてたんだから!」

照れ隠しに叫ぶ私に、彼はまた笑う。その笑顔につられるように私も笑った。ひとしきり笑いあって、落ち着いたらまた静寂が訪れる。幸せ過ぎて、下手をしたら涙を零してしまいそうな…、そんな静寂だ。
「ねぇ…、私の事好き?」

答えなどわかっていても、何度もその人から聞きたいと思ってしまう言葉。ポツリと独り言のように言った言葉を彼は、聞き逃さなかった。
私の肩を引き寄せ、私の頭に顔をもたれかけさせながら、あの時と変わらぬその一言をくれた。

「好きだよ。」

彼の顔は見えないけど、きっとまたあの笑顔で笑ってくれているのだと感じる。

「ありがとう…。」


そう一言返すと、私は彼の胸に顔をうずめて、小さく鼻をすすった。









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