精神病棟
[一日目](1/6)
「患者さんの事はカルテを見れば大体分かるから、それを元に接するようにして。分からない事は聞いてくれて構わないから、頑張ってね」
そう言って看護師長はそそくさと去っていった。
俺ーーー玉城 希実(たまき のぞみ)は渡された担当患者のカルテを眺めて緊張に痛む腹を摩り、溜め息をつく。
本当に一人でやらなければいけないのか。
勿論知識はあるけれど、知識と実践はまた別だ。
でも悩んだ所で状況は変わらない。
仕方なくバインダーに挟まれたカルテの表紙を捲る。
【氏名:伊崎 緋彩(イザキ ヒイロ) 性別:男 患者:レベル1】
先輩が担当していた患者はどうやらレベル1らしい。
(この病院では患者の精神状態をレベル1〜5で振り分けてある。1が一番軽く、5が一番重い)
しかし俺はそのカルテを見ながら首を傾げることになる。
普通のカルテは患者の性格などを把握するため生い立ちやこれまでの経過観察などが事細かに記されているものなのだが、そこには名前や患者レベル以外なにも書かれていなかった。
担当を持ったことのない俺でもカルテは何度か見たことがあるがこんなものは初めてだ。
記入ミスかもしれない。
そして俺は一つの事に気が付いた。
カルテに必要なことがなにも書かれていないのにカルテが2枚存在するのだ。
バインダーに挟まれた二枚目を何も考えずただ捲って目を見開いた。
声を聞くな
目を合わせるな
耳を傾けるな
話しかけるな
名前を知られるな
殴り書きのように書いてある言葉たちに思考が停止した。
必死に書かれたものなのだろう、筆圧が濃く歪んだその文字は見慣れた先輩の字だった。
レベル1の患者相手に必死さを隠しもしないその文字が俺を恐怖に陥れた。
「一体……なにがあったんだよ……」
けれどその呟きは誰にも聞かれることはなかった。
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