妖精は月と舞う

フェアリー協会 (1/35)





「夢じゃなかったのね……」


 目が覚めてまず初めに思ったのがそれだった。

 夢ではない。これは現実。アストルに喰われかけたのもシリカに助けられたのも全てが現実の出来事。

 ならばこの胸の痛みも感じる虚無感もきっと現実なのだろう。


 どうやらまだ汽車の中だ。

 顔を上げると斜め前に美しい妖精がいた。声をかけるよりも先に目が合う。


「あなたは、シリカさんの」


 シリカの契約妖精のエルフだ。一度アストル共々殺されかけたことがある。

 だが、あの時は殺気しか感じなかったエメラルドの瞳は今は冷たいだけで恐ろしさはなかった。


「主命により我がお前の体を癒した。感謝しろ」


 ──あの温かさはエルフの……。


「ありがとうございます。あの、シリカさんは」

「車掌と話をしている」

「そうですか」


 酷く頭が重い。実際に重いのではない。うまく思考が回らないのだ。


「おい女」

「リリーです」

「……」

「もしくはシーナで」

「女」

「……何ですか」

「確かにお前はヒトなのだろう。お前から感じる気配はヒトのものだ」

「え?」

「だがお前の血に触れて確信した。お前の血はただのヒトのそれではない」

「どういう、意味?」

「例え契約者でもこうはならない。お前、まさか半妖人《ハーフ》か?」

「ハーフ……?」

「まさか己の出自も知らないのか?」


 オルフォが怪訝そうな顔を浮かべたとき、個室の扉が開かれシリカが入ってきた。


「目が覚めたのか。体はどうだ?」

「体は平気です。助けていただいてありがとうございます」


 純真で儚げで少し気の強い、まるでユリのような少女。だがシリカはどこか違和感を覚える。

 このたった数日の逃避行で、彼女は一体何を見て何を感じて何を思ったのか。なぜかそれを聞くのはとても恐ろしかった。



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