妖精は月と舞う

妖精と少女 (1/19)




 深い森のさらに奥深く。

 一人の男が腰に剣を携え、月明かりだけを頼りに森の中を歩いていた。

 雲がないとはいえ今日は新月で、しかも光が届きにくい鬱蒼と木々に覆われた森の中。しかし男の足取りは確かだ。

 暗闇に紛れる紫の双眸が細められる。


「……情報によるとこの辺りなんだが」


 一度足を止めて辺りを見渡す。

 男をフェアリーハンターと知ってか、森の妖精たちは先程から一切姿を見せないでいる。ここを棲みかにしているというアーシーのせいで臆病なシーリーコートたちは皆隠れているということもあるのだろうが。


「いねぇな、痕跡すらねぇ」


 本当にこの辺りを棲みかにしているのだろうか。それならもう少し気配のカケラくらいあってもいいものだが。

 だがまさか見つけられませんでしたなどと手ぶらで本部に戻るわけにもいかない。やはり誰かを連れてくるべきだったかもしれない、と男は少しばかり後悔し始めていた。 

 アンシーリーコートであるアーシーは妖精よりも人間の女を好んで喰らう。それも純潔の少女をだ。つまり自分の生徒の一人でも連れてくれば囮に使えたのだが。


「ま、そんなことすりゃクビだろうがよ」


 はぁ、と苦々しく溜め息をつく。

 実戦は得意だが、妖精の痕跡を探しながら順を辿って追っていくようなまさにフェアリードクターがしそうな仕事はつくづく自分には向かない。

 だがその瞬間、風もないのに木々が微かにざわっと揺れた。


「っ、来たな!!」


 一瞬だったが真っ赤な色が視界の隅をちらついた。間違いない、あの毛色は標的のアーシーだ。


「逃がすか!!」


 剣を鞘から引き抜き走り出す。

 もう少し木々の開けた場所に出なければやりにくい。下手を打てば男だろうが一瞬で殺されて喰われてしまう。

 念のため罠を仕掛けてはおいたが、知能の高いアーシー相手にその効果はあまり期待できない。


「どこ行きやがった!!」


 その瞬間頭上に気配を感じた。

 向こうから現れてくれるなら好都合。好戦的なアーシーはさして珍しくはない。

 男が飛び退いたと同時に、元いた場所にアーシーの体がずしんと着地した。地面が沈むほどの衝撃。危うく押し潰されるところだった。




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