…え?
何これ。何で?どうなってんの?
「…鈴原」
聞き慣れた低めの声が耳元でわたしを呼ぶ。
「お前…マジ仕事好きな」
はあ…
なんて、人の耳元でため息を吐いたと思えば今度はくすっと笑ってそんな事を言う。
なに、何なの?
こっちはこの意味不明な現状に困惑してるっていうのに。
その無駄にセクシーな溜め息とか、首に回る男らしい腕とか、骨ばった手とか。耳をくすぐる笑い声とか。
なんならセクハラになりかねないのに、もうこっちはドキドキして仕方ない。
え、なに、わたし欲求不満なの?
確かにしばらく人の温もりというか、そういうものとは縁遠い生活だったけど。あ、いや記憶にないだけで少し前にこの人とそういう事があったみたいだけど
でも、だからって…
…今、この瞬間も、こうして佐久間に触れられるのが嫌じゃないってどういう事よ?
「………にしても、間違ってデータ消すとかドジにも程があるな」
そのうちスッと離れて何事もなかったかのようにククッと意地悪く言う佐久間の表情は、その言葉とは裏腹にとても優しげで、またドキッとしてしまう。
「う、うるさい。冷やかしならいらないから!集中出来ないからどこか行ってよ」
もしかしたら顔が赤くなってるんじゃないか、とか。そう思うと恥ずかしくて顔を背けながらとにかく早くどこかへ行ってくれと、追い払うようにしっしと手を振る。
しかし佐久間はあろうことかその手を掴んでくるから驚いてつい反射的に彼の方へ顔を向けてしまった
「……お前、ここんとこずっと体調悪いだろ?今だって顔赤いし、熱っぽい」
「…ひゃっ」
そう言うや否や、佐久間の骨ばった手がわたしの額に触れる。少し冷たいその感触に思わず変な声が出るものだから、恥ずかしくて仕方ない。
だいたい、顔が赤いのは熱なんかじゃない。絶対に佐久間のせい。
「無理すんな。ひとりで抱え込むなって言ったろ?もっと俺を頼れ。そしたらいつでも力になってやる」
そうやって、佐久間が急に優しくなるから。
優しくて、だけど真剣なその瞳に吸い込まれそうになる。
もっと頼れとか
力になってやるとか
ねえ、それって仕事のことだけ?それとも……
いや違う。今のはやっぱり仕事上でのこと。
リーダーとして、チームの一員であるわたしを気遣っただけだ。無理して体を壊して今よりも使えない人間にならないように。
でも、だったらどうして抱き締めたりしたのか。とか。
それなら別の人間と交代させればいいだけの話なのに、なぜそうしないのか。とか。
すべての疑問を頭から消しさってただ「ありがとう」と、そう言うので精一杯。
そうしなきゃ
このドキドキの理由を
佐久間の優しさの意味を
きっとわたしは勘違いしてしまう。