……新井場邸……
夏休みも後半にさしかかった。
外は相変わらず暑い。
夏の始めこそは、蝉の鳴き声で夏を体感し、夏休みに心を踊らされたが……夏休みも後半になり、その蝉の鳴き声も少将うっとおしい。
新井場邸の朝はいつも通り、リビングのテーブルには朝食が並んでいた。
トーストとコーヒーのセットが3人分……。
3人分?……。
縁は母親と二人暮らしだ。朝食が一人分多い……。そう……ただ一つだけ違う事があった。
朝食の席に桃子がいたのだ。
縁の母はニコニコしている。
桃子はすました表情でコーヒーをすすっている。
縁に至っては……疲れきった表情だ。
……昨晩…喫茶店風の声……
「ストーカーっ!?」
縁の大きな声は店内に響いた。
桃子は淡々と言った。
「ああ……ここ数日誰かに見られている」
巧も驚いて言った。
「マジか?……」
縁は言った。
「勘違いとかじゃないの?」
桃子は不敵に笑って言った。
「フッ……縁……私は有名な美人作家だぞ、熱烈な男性ファンがいてもおかしくないだろ……」
「自分で言うな……」
だが本人が言うように、桃子が有名な推理作家なのは確かだ。
桃子は縁に言った。
「実は4日後に、とあるイベントに呼ばれていてな……それを邪魔されたら厄介だ」
「イベント?」
「百合根百貨店のイベントだ……」
百合根百貨店とは百合根町の中心にある、大きな百貨店で町の住人はおろか、それ以外の町の人もやってくる程、有名な百貨店だ。
桃子は縁に言った。
「そう言う訳だ……ストーカーの特定を手伝って欲しい……」
「まぁ……事情が事情だから手伝うけど…」
縁がそう言うと、桃子の表情は明るくなった。
「そうか……助かる。では、イベントまでの間は縁の家で世話になる……」
縁は聞き直した。
「うん?何だって?」
「だから、世話になると言ったんだ」
「世話になるのはいいんだけど……今『家で』って、言わなかった?」
「そうだが……何か問題でも?」
縁は立ち上がって激昂した。
「大ありだろっ!何で俺ん家に来るんだっ!?」
桃子は縁が怒っているのを、不思議そうに見て言った。
「何でって、私の護衛もしてもらわないとな……それとも何か?縁は私が訳のわからんストーカーに何をされてもいいと?」
縁は頭を抱えた。
「かぁ〜っ!マジか〜っ!」
巧はニヤニヤしながら縁の肩を、ポンと叩いた。
「諦めろ……縁」
縁は怨めしそうに巧に言った。
「たっくん……面白がってるだろ……」
桃子は淡々と言った。
「じゃあ今晩からよろしくなっ……荷物もすでに準備して、車に積んである」
縁は諦め口調で言った。
「準備がよろしい事で……」