……東本願寺(ひがしほんがんじ)……
東本願寺は京都市下京区 烏丸(からすま) 七条に位置する、真宗大谷派の本山の通称である。
きれいに整備された境内は、京都の暑さを少しだけだが、涼しくさせる雰囲気がある。
縁と桃子の二人は境内を歩いている。
縁は境内を見渡して言った。
「きれいだな……なんとなく気持ちを落ち着かせる雰囲気がある」
桃子は言った。
「縁、東本願寺は始めてか?」
「ああ…前に京都に来た時は、ここには来なかったよ」
「なるほど……初体験か」
「まぁね、でも……東本願寺に関する知識はそこそこあるぜ…」
「ほう……それは私も知らない事かな?いいだろう、聞いてみよう」
「何で上から目線なんだよ?…まぁいいや」
縁は話し出した。
「そもそも東本願寺と言う名は、通称で…正式名称は『真宗本廟』って、言うんだ」
桃子は目を丸くした。
「ほ、ほほう……」
「因みに地元では『お東』『お東さん』とも通称されている…。また、これは少し不名誉な通称だが、この東本願寺は江戸時代に4度の火災にあっている」
「そ、そうなのか?」
「ああ……だから、その火災の多さから、東を弄って『火出し本願寺』と、喩やされた事もあったんだ」
さらに縁は境内の中心にある、巨大な建築物を指差した。
「桃子さん……あれ見てよ」
縁に促され桃子はその方向を見た。
縁は言った。
「あれは『御影堂』って言って、和洋の道場形式の堂宇さ…」
「はぁ……」
桃子はすでに頭に入ってないようだ。
縁は続けた。
「あれの建築規模は間口が76m、奥行き58mもあって、建築面積においては世界最大の木造建築物なんだぜ……」
桃子は頭を抱えた。
「うむ……素晴らしい説明だ、流石は縁だ…」
桃子の様子を見て縁は言った。
「あんた……ぜんぜんわかってないだろ?」
「そ、そんな事はないぞっ!」
「嘘つけ……」
慌てた様子の桃子を見て縁は思った。
……知らないな……と…。
縁の説明にあった、御影堂を見学し境内を歩いていた二人に、一組のカップルが話しかけてきた。
女性は清楚な感じで、男性は恰幅の良く、二人とも20代後半くらいだろうか。
男性が言った。
「すみませんが写真を1枚、撮ってもらいたいのですが……」
縁は快く引き受けた。
「ええ、構いませんよ…」
男性からデジカメを預かった縁は、デジカメを構えた。
「じゃあ、撮りますよ……はいっチーズ」
縁の掛け声と共に、カップルはピースした。
写真を撮り終えた縁は、男性にデジカメを返して言った。
「観光ですか?」
男性は答えた。
「ええ、新婚旅行なんですよ……そうだ、良かったらあなた方もどうです?写真…」
「いや、俺たちは……」
縁が断ろうとすると、桃子は男性に言った。
「撮って頂ければ助かる……縁、せっかくだ…撮ってもらおう」
桃子は勝手に決めてしまった。
縁は渋々承諾した。
「仕方ないな……1枚だけな…」
桃子は男性に自分のデジカメを渡し、縁の隣に立った。
「では、撮りますよ〜!はいっチーズっ!」
桃子は男性の掛け声と、同時に縁と腕を組んだ。
予想外の出来事に縁は少し怯んだが、写真撮影は無事終了した。
男性は言った。
「いや〜、美男美女だから様になりますねぇ…」
そう言うと男性は桃子にデジカメを返した。
男性はこちらに一礼をして、奥さんと観光を続けるために、二人と別れた。
新婚夫婦が去ったのを確認して、縁は言った。
「何で腕を組んだ?」
桃子はとぼけたように言った。
「そんな事をしたか?」
「何を考えてんだ……まったく…」
桃子は悲しそうに言った。
「私と腕を組むのが……そんなに嫌なのか?」
「その表情はやめろ……別に嫌じゃないけど…人前だぞ」
桃子は表情を戻した。
「そうか……嫌じゃなければ良い」
「人の話を聞いてんのか?」
「新婚旅行に京都か……なかなか古風だな…」
桃子には縁の話を聞くつもりは無かったようだ。