骨を噛む
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みんな、分かっている。
樹はもう死んでしまっていて、
彼はあくまで 表 楓くんであって
私のかつての恋人ではない。
まだ気持ちが変わっていないとするのなら
彼は私のことを好き、らしく
でもきっとまだ私は往生際の悪いことに
もう二度と会えない樹のことが好きなのだ。
楓くんは、樹じゃない。
自分のことを好きでいてくれる人に
そんなことを言わせて
樹で空いた空間を、楓くんで埋める。
それがどれだけ酷いことか、
いくらアルコールが身体を巡っていても
そのくらい、考えるまでもない。
悲しいことに、そんなことをしたら
死んでしまった樹すらも傷つけることまで
私はちゃんと考えられてしまうのに。
「 …楓くん、酔ってるの、? 」
わずかに上げた語尾で、かろうじて
疑問形だと伝わったであろう私の問いに
抱きしめたまま上から彼が声を降らせる。
「 お酒は飲みましたが、酔ってません。
ずっと考えてたことです。
いざ言うとなると踏ん切れなかったから
アルコールの力を拝借したにすぎません 」
目線を上に向ければ、ゆらりと揺れる
楓くんの瞳と目が合った。
「 表 楓として、そして、表 樹として
美穂乃さんが悲しそうにしているのは
俺にとって、2人分つらい。」
その言葉が、引き金だった。と、おもう。
「 埋めてくれるの、」
「 …美穂乃さんが、拒まないなら 」
「 後悔、しない、? 」
「 先のことは知りませんが、今は 」
それが同意だと伝わらないほど
彼は賢くない子ではなかった。
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