骨を噛む
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あまりにも行くのが憂鬱で
頭の上でチカチカと光が散った。
憂鬱、というのはすこし語弊があるだろうか
別に会いたくないわけではない。
というよりも寧ろ、会わなくちゃいけないと
きちんと思ってはいる。
それでもすぐに走って帰りたくなるほど
楓くんに会うのは、すこしこわい。
結局すこし残っていた仕事を追加で片付けて
「 ごめん、仕事長引いちゃった 」と
連絡をひとつ入れて、
10分ほど遅れて到着する電車に乗った。
いつもと同じ待ち合わせ場所にすでに
楓くんは立っていた。
黒い目がこちらを見ている。
その視線から逃げるようにして
ふいと言葉を投げた。ありきたりな定型文。
「 ごめんね、待たせちゃって」
「 …いえ、 」
ぷつんと切れたその会話は結局
近くの居酒屋に座るまで、進まなかった。
前と同じ居酒屋の喧騒のなかで
店員の慌ただしさが落ち着いたのを
見計らって、楓くんが呼び止める。
ひとつはレモンサワー、
ひとつはモスコミュール。
「 レモンサワーで良かったですか? 」
「 うん、ありがとう 」
お互いいつも一杯目はこれなので
すでにわかっていたのだろう。
同じように、いつもと変わらないメニューを
同時に数品ほど注文をして
飲み物がきたところで、ジョッキを傾けた。
ぱりん、と鳴る音に、言葉は付かない。
おつかれさま、も ひさしぶり、も
なんだかちがうような気がして
でも、乾杯をしないのも変な気がした。
まるで明らかに、私と楓くんで
樹を弔っているようだったから。
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