骨を噛む
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そうして私は、数季節ぶりに
彼が住む街に降り立った。


電車と飛行機と新幹線を乗り継いで
前回より難なく着いたその街は
何も変わっていないはずなのに

駅に迎えに来てくれる彼がいないだけで
なんだか少し違って見える。





冬の日本海はひどく寂しげで
それだけでギュッと心が縮むようだ。

心細くなって思わずひとり
身に着けていたマフラーを握った。
樹が随分前にくれたマフラー。

これを贈ってくれたあの頃には
まさかこんなに長い付き合いになるなんて
予想もしていなかった。

こんなに長い付き合いになるのも
こんなふうに、疑うようにしてコソコソと
前置きなく彼に会いに行くのも。




馬鹿みたい、と思う。我ながら。
こんなことをしても誰も
1ミリも幸せにならないのに。

なんでもない日常を彼は変わらず送っていて

たとえばその、浮気、みたいなことが
無かったのだとしたら?
あったのだとしたら?

それとも、そういうことがなくても

私に対する気持ちはとっくにもう
冷めていたのだとしたら?


それとも、気持ちに変化はないとはいえ
こんな風に疑った私に対して
幻滅してしまったとしたら?





想定できる範囲内で、あらゆるルートの
終わり方を頭の中に描いてみたが

来てくれたの、ありがとう。
突然会えて嬉しいよ。なんて、

そんなふうに目を細めて笑う樹の姿だけは
悲しいことに想像出来ずにいた。



それでもここまで来てしまったのだ、
行かなくてはならない。

私は、私のためにここに来たのだ。

重たい荷物をもう一度 持ち直して
鞄の中に入っている持ち物を確認して

私は彼の住む家へ歩を進めた。


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