快楽に溺れ、過ちを犯す生命体【アナザーストーリー】
[謎の人物、宇棚繁](1/1)
4月5日。


この日は晴天で桜が満開に咲き、春の訪れを感じる山深い奥多摩の高校の講堂で、オレは入学式を無事に終えた。


式の開始時間の早さからか、さすがに都心からここへ来るには出発の時間が早すぎる為、母親は参加していなかった。

というか、あの女には金輪際、学校行事には参加して欲しくない。

この晴天に加え、広大な奥多摩の土地に、例の銀座のホステスみたいな格好で参加してきたら、有無を言わさず椅子を振り上げて頭に叩きつけてやるつもりだ、それだけもうあの女とは関わりを持ちたくない。

奥多摩という場所もあって、まだ朝晩は冷え込むが、春の暖かい外光が洒落た窓枠から差しこんでくる明るい講堂で、真新しい濃紺のブレザーの制服を着て、クラスメートと並んで座っていた。

今更ながら思ったのだが、中学までは共学で当たり前のように女子生徒が一緒に座っていたが、ここは男子校で右を見ても左を見ても男ばかりだ。

いや、共学じゃなきゃダメだというワケじゃない。
ただ男子生徒のみというが違和感を感じる。

時間が経てば慣れてくるだろうが…



そんな事より、オレはすでに何ヶ月も学校生活を過ごしたかのように疲れていた。


校舎は昨日、3年生が代表として新入生向けのオリエンテーションで案内された。

近代的な建物の概観に、高い天井、明るく広い廊下。築年数どのくらいなのか?それほど古くはなく、むしろ新しい方だと思う。

教室は一クラス30人には広いくらいで中学では視聴覚室でしか見なかった、モニターと、双方向で文字や画像のやりとりができるコンピューター完備の机が標準装備されていて、さすが大学付属の高校だなぁと妙な感心をしていた。


図書室の蔵書数も街の図書館に引けをとらず、体育館もバスケのコートが6面入る広さ、全校生徒と職員が一斉に昼食を取る食堂は各学年ごとに朝食と夕食を食べる小規模な寮のそれとは違い、とても広くデパートのフードコートのように明るくて、バイキング形式で和洋中好きな物が好きなだけ食える。

成る程、これが私立校か、と思わせるぐらい何から何まで公立の高校と違い、高級感を漂わせる。



この奥多摩の広大な土地を使い、進学校の設備としては、申し分ないくらいだ。
一体入学金はいくらかかったのだろうか?そして授業料はどれくらいなのか?

オレはおじさんに、お金の事は心配するな、と言われたが、さすがにこれだけ色々な設備が充実しているとなると、かなりの額だったのだろう。

おじさんには去年の夏からビジネスホテルやら、マンスリーマンションの費用だけでもかなりの出費なはずだ。

それに付け加えてこの学校の入学金だの授業料、更には寄付金等々。

母親は一切金を出してないはずだろう。
何せこの学校に行くのを妨害していたぐらいだから。

オレは夏休みも冬休みも実家に帰省するつもりは無い。

願わくは、母親と親子の縁を切りたい。
そして出来る事ならば、おじさんの養子になりたい、実はそんな事も考えている。

古賀という姓を捨て、沢渡という姓になれればいいなぁという漠然な考えだが、それはまだ先の話だ。

もう、あの女は母親だと思っていない。
年中発情期のセックス中毒患者だ。
とにかく3年間この学校の寮で暮らし、もし帰省するなら実家ではなく、おじさんの所に顔を出そう、そう思っている。


話を戻すと、オレが疲れていたのは、中学校を卒業してからのめまぐるしい出来事と、本来4月3日から入れる学生寮に、二日早い4月1日からに入ったのと、あるルームメートのおかげで、オレは入学式を終えた段階で、環境の違いもあってか、すでに疲れてしまった。

もちろんこれからの高校生活への期待も大きいのだが、その反面不安材料もある。
だがオレは晴れてこの学校の入学し、寮生活をスタートした。

卒業してからこの高校へ入学するまでの間、とにかく忙しい!この一言に尽きる。


マンスリーマンションの契約切が3月末の為もあり、学校側に事情を説明し、一足早く入寮した。


オレは母親とは顔を合わせたくない、だから3月末までマンスリーマンションで過ごした。
だが、どうしても保護者の記載する書類や持参したい荷物をまとめるのに一旦帰宅しなければならない。オレは母親と二人きりになりたくないので、おじさんに同行して貰う事を頼んだ。

おじさんがいたお陰で、書類の記入や荷造りは案外スムーズにいった。
当の母親はそんな様子をただ眺めているだけだった。

少しは手伝え、とまでは言わないが、その冷ややかな視線は慌ただしさもあったせいか、今すぐにでもぶん殴ってやりたい程の憎たらしい顔だ。

荷物は、おじさんの社用ワゴン車に載せたままにしてもらった。後はマンスリーマンションに置いてある荷物を積むだけだ。

部屋を出る前に、母親に何か一言言いたかったが、おじさんがいる手前、言うのを止めた。

(テメーとはこれでお別れだ!このヤリマン女が!)

オレは出来るだけ早く入寮したくて、おじさんに御願いして、マンスリーを引き払った翌日には学生寮に入れるようお願いし、学校側も特例として認めてもらい、

末日にマンスリーマンションの退室手続きまでしてくれた。

マンスリーの荷物は社用ワゴン車に、自宅マンションにあった荷物と一緒に積み込んで、ビジネスホテルで一泊した。


そして4月1日早朝、おじさんはワゴン車でホテル前まで来てもらい、一緒に高校へ向かった。

この数日の間、おじさんはまるで父親のようにオレの荷造りの手伝いや、餞別まで貰い、本当に感謝している。

車の中では、オレはおじさんに礼ばかり言っていた。

もし、オレの父親がおじさんだったらいいんだけどなぁ、そんな事を助手席で窓からの風景を眺めながら、ふと思った。



高速を使い、一時間程度で学校に着いた。

一年生寮の前では寮長が出迎えてくれ、初対面した。

「君が古賀くんかな?私は一年生の寮長をしている服部という者だ」

寮長は服部という人で、おじさんと年齢はさほど変わらないが、腹回りがかなり大きく、坊主頭で強面の顔だ。

「あ、はい古賀です。無理を言ってすみません。今日からここにお世話になります、よろしくお願いします」

オレは寮長に頭を下げた。

「あの人はお父さんかな?」

寮長は車を降りて、ワゴン車の後ろのドアを開けているおじさんを見た。

それに気がついたおじさんは寮長の前で頭を下げ、名刺を渡した。

「どうもはじめまして、私はこの子の父親代わりをしている沢渡という者です。
まだまだ世間知らずで至らない所がありますが、これからこちらで3年間お世話になります。どうかこの子をよろしくお願いいたします」

そう言って挨拶をした。

「いや、こちらこそわざわざこんな遠い所へご足労願い、ありがとうございます。
ここは色々な生徒が集まり、協調性を養う場所です。お子さんを預かる身として時には厳しい事も言いますが、何卒ご了承ください」

寮長は名刺を受け取り、おじさんにお辞儀した。


「では荷物はこちらの部屋へ」

寮長の案内で中に入り、部屋割りを確認した。オレの部屋は205号室、2階みたいだ。

オレとおじさんはワゴン車の後ろから荷物を出し、階段を上った。
中は八畳程の広さで、二段ベッドが両サイドに設置してあり、白を基調とした壁になっている。ベッド以外はクローゼットと冷蔵庫、それと各個人用の棚が設けられている。

この部屋で今日からオレは過ごすのか…

入寮手続きは、おじさんに手伝ってもらい、自室に荷物を運び込んだ。

だが、オレ以外に他の荷物も置いてある…
オレみたいに事情があって一足早く寮に入ったのかな…


まだ学校も寮も休みのため、食堂も休みだった。

荷物を運び込み終わったオレたちは、ワゴン車で学校から一番近いショッピングモールで、食堂が始まる4月3日までの食料の買い込みを済ませ、レストランで一緒に昼食を食べた。

その際、おじさんはオレに封筒を手渡してくれた。

何だろう、とオレはその封筒を受け取った。

「これから寮生活になるから色々と必要な物があるだろう。中にはその為のお金が入ってるから無駄遣いするんじゃないぞ」

…お金?オレは封筒の中身を確認した。

「…えっ、こんなに?」

はっきりと数えてないが、数十万もの現金が入ってある…いや、いくらなんでもこんなには貰えない、おじさんには世話になってばかりだ、オレの為にどれだけの金額を使ったのか…相当な額に違いない。

「あの、これ受け取れません。だっておじさんオレがここに入るまでいくら使ったんですか?それなのにまたこんなにお金を出してくれて…」

おじさんはオレの言葉を遮るように話した。

「いいから取っておけ。その代わりしっかりやるんだぞ、いいな?」

おじさんはオレの顔を見て、何も言うな、とにかく頑張れ!と励ますような笑顔だった。

「…ありがとうございます。ホントにおじさんには感謝しています。
オレ、もしおじさんが父親だったら、普通に家から通える高校に行ってたと思います」

オレにとって、おじさんは太陽の様な存在だ。いつも明るくオレを照らしてくれる。

おじさんがいたからこそ、オレはここまで頑張れた…

「よし、じゃあこの食料を部屋に持っていこう」

食堂は休みでも食堂の隅にある、電子レンジや流しは学生は自由に使えるみたいだ。

食料のほとんどはカップラーメンやレトルト食品で、日持ちする物ばかりを買い込んだ。

再び寮まで送ってくれて、オレはいっぱい買い込んだ食料を手にし、おじさんと別れた。

「亮輔くん、これからは見知らぬ人達と一緒に生活するんだ。くれぐれも問題だけは起こすなよ。それとお母さんの事だが…
ああ見えてお母さんは亮輔くんがいなくなるから淋しいんだ。毎日とは言わない、せめて週に1度ぐらい連絡してあげて欲しいんだ、私からも頼む」

…まぁ、連絡ぐらいなら、オレはおじさんの言葉に頷いた。

「じゃ、元気でな。しっかり勉強して皆と仲良くやるんだぞ!」

「はい、おじさんも元気で」

おじさんは運転席で手を振って走り去っていった。

そうだ、これからは共同生活なんだ、どんなヤツらと一緒になるんだろう?
期待と不安が入り交じった。

オレは誰もいない寮の中を少し見て回り、自分の部屋に戻った。

あれ?誰かいるぞ!
後ろ姿でよく判らないが、坊主頭で床に座りながらスマホを弄っている。

「あの、もしかしてここの部屋の人?」

オレは恐る恐る尋ねた。

その男はこちらを向き、満面の笑みでデカイ声で挨拶した

「私、宇棚繁(うだなしげる)言います。
18才で静岡から来ました!静岡はサーカー大国です」

…へ?18才?
18で高1かよ?なんだよ、この円柱みたいな頭にメガネをかけた背の小さなヤツは…高校生というより、落語家みたいなツラしてやがる。

しかし、サーカー大国って何だろう?
…もしかして、サッカー大国って事じゃ?

それにしても声のデカイヤツだ。

…これがさっき言ってた、あるルームメイトの事だ…     



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