傾国の美丈夫は馴れ合わない
[ただの旅人ですよ](1/7)
王都ベタンティスをずっと南下した先にスィールという国がある。

そこは食糧や水に恵まれ人々が行き交う、世界でも有数の豊かな活気ある大国の一つとして知られていた。

大通りではその道に沿って各種多様な店が出ており、人の声で溢れている。

そこを一人の男が歩いていた。

茶色い髪に茶色の目。
髪は肩につくかという程度で切られており、男とすれ違う人々は振り向いてほぅ、と息を吐いた。その男の顔立ちは大変美しいものだった。白いシャツに黒のズボンという決して華美ではない、むしろ簡素な装いだが、それが男の不思議と清廉とした雰囲気によく合っていた。
肌の白さと顔立ちの良さが、男の纏う儚げな印象を助長させる。しかし、髪や目の色が茶色というのが実に惜しい。これが輝かんばかりの黄金や、曇りのない白を持っていたならば、更なる人目を引いたのだろう。そこだけが悔やまれてならないと、背を見送った人々は思った。

マサカズは酒屋に入ると、カウンターの席に座った。そして店主を見上げて酒の名前を言った。目の前で用意されるコップに液体が注がれる様子を見ながら、小さく息を吐いた。

スィールを目指す道の途中で、山賊に襲われた。一人一人の力は大した事無かったが、数が多かった。長旅でろくに人に会えず、しかし万が一見られでもしたら大変だと髪と目の色は魔法で変えて、じわじわと魔力が磨り減っているのを自覚しながら目的地を目指していたのだ。もうすぐ国に着くと思っていた矢先の出来事だった為、精神的にも中々の痛手であった。倒れる前に人の多い場所に来ることが出来て良かったと、マサカズは再度安堵の息を吐いた。

店主は頼まれた酒を男の目の前に置きながら、酒場が似合わないその男を注意深く眺めた。長い睫毛にくすみ一つ見当たらない白い肌、非常に見目美しい男が入ってきた時は一瞬貴族でも来たのかと思った。
しかしそれならもっとらしい服装をしているはずだ。彼らは決してこの男のような、言い方が悪いが、素朴な格好では出歩かない。

男の腰には見たことの無い武器が下げられている。剣よりも細く長く、僅かに曲線を描いている。この細身の美丈夫が戦う姿など想像出来ないが、その武器は男によく馴染んでいた。

「よう兄ちゃん、観光でもしに来たのか?」

店主の声に顔を上げたマサカズは、少し考えて答えた。

「似たようなものです。あちこちを旅して回っています。」

その言葉に店主はふむふむと頷いた。

「ここは良い国ですね。活気があって賑やかで。」

「そうだろう?水も食い物もウメェ。旅が終わったらここで住むのも悪くねぇぞ。」

「それは良いかもしれませんね。」

笑う店主に、男は頷き微笑んだ。


「異世界から来た人を知っていますか?」

なんとも珍妙な質問に店主の手が止まった。有り得ない、まずそう思った。それに異世界の存在なんて今この男が言うまで考えたことすらなかった。しかし言った本人は真剣な顔でこちらを見ている。

「知らないね。異世界なんて話俺が生きてきた中でも聞いたことねぇな。ってかまず別の世界なんてあんのか?」

その答えにマサカズは落胆する気持ちを決して表に出さず、どうでしょうね、と眉を下げた。

マサカズが席を立とうかと思った時、店主が口を開いた。

「代わりの話っちゃ何だが、兄ちゃん西に行く時は気を付けろよ。」

「西に何かあるのです?」

声を潜めた店主にマサカズは首を傾げた。この国で情報収集を終えたら次向かおうと思っていたところである。

厄介なモンスターでも現れたのだろうか。
店主に話に耳を傾けた。


- 193 -

前n[*][#]次n
/215 n

⇒しおり挿入


[編集]

[←戻る]