傾国の美丈夫は馴れ合わない
[目標はありますか?](1/20)
全ての傷がケディウスの手によって治療された頃には、マサカズは血だらけのベッドの上で死人のように横たわっていた。

傍らにはケディウスが赤く塗れた口に弧を描いて満足そうに目を細める姿がある。

浅い息を繰り返すマサカズが、息も絶え絶えに口を開いた。

「何故、噛む必要が、あったのです…」

「八つ当たりと仕置きだな。次俺以外の奴から傷を作れば同じ事をする。嫌なら怪我するな。」

「む、無茶苦茶です……」

マサカズの頭を撫でる優しい手とは裏腹に、言ってる事は暴君そのものである。

「むしろ、あの場で暴れなかっただけ褒めて欲しいくらいだ。」

そう言って拗ねたような視線を向けるケディウスに、マサカズはそれもそうかと苦言を呑み込んだ。

異様な程マサカズに関して過敏に反応するこの男が、あの二人に危害を加えることなく去ったのは殊勝なことである。

しかしながらマサカズはケディウスが何故ここまで自分を気にかけて色々面倒を見てくれているのかいまいち理解できなかった。

友情をもとに行う行為ならその範囲から逸脱している気がするが、この異世界に来て数年経ったちここまで深く関わる人間が居なかった為感覚的な一般常識がわからない。

異世界と元の世界では常識や価値観に決して小さくないズレがあるのだ。
それを確認せず指摘することは些か軽薄である。

それにケディウスの生い立ち上感情表現が少々歪んでいても仕方がないと、マサカズは己の血で赤く染まったケディウスの口元を拭った。

「そうですねぇ。ご迷惑を掛けたお詫びに今度プリンでも作りましょうか。」

「プリン?」

「貴方が美味しそうに食べていたデザートですよ。黄色くて揺れるあの。」

「アレか!プリンと言うのか。是非とも頼む。」

先程のピリピリとした空気が嘘のように、ケディウスは体を揺らして喜んでいる。

そこで一つ重要なことを思い出した。

「そう言えばリビングが直っていたような気がするのですが…」

「おう、朝一で言いに行った。これで飯が食えるな!」

目を輝かせるケディウスにマサカズは驚く。

(そこまで食べたかったのですか……)

「修理費用はどうなるのです?」

「学園が負担するんだとよ。」

「それは助かります。」

安心したように息を吐いた。
請求されたらどうしようかと思っていた為に、その報告は素直に嬉しい。

体を起こして元は服だった布を手に取った。
扉に向かうマサカズの背に声が掛かる。

「どこへ行く?」

「自室へ服を着に。午後の講義に出なくては。」

「あんなに血出してたのにか?休んどけ。」

呆れた顔してマサカズを見る男に振り返る。

「そういう訳にはいきません。学生の本業は勉強です。それに、あなたのお陰で身体も軽いのです。手当てありがとうございました。」

そう言ってマサカズは扉を閉めた。

傷は痛いが歩けない程ではない。

それにケディウスがいつもより魔力を纏っていたことにより、自然とマサカズへ吸収される栄養がいつも以上に流れ込んみ平常時より身体も心も軽い。
心なしか気分も晴れやかである。

足取り軽く身支度を終えたマサカズは講義に向かうため部屋を出た。




マサカズは気付かない。

ケディウスのそれが友情などという可愛らしいものではないことを。


部屋の中、ひとりベッドに腰掛ける赤い男は血が染みるそこを、目を細め愛おしそうに指でなぞった。




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