無人駅のトイレから始まる残虐事件
[前兆](1/10)
最終電車が走り去ったあとの、深夜の無人駅。


階段を駆け下りるヒールの音が、静まりかえった周りの空気を切り裂くように鳴り響く。


はぁ、はぁ、はぁ…


大きな瞳を縁どる長いまつげと、やわらかそうなふっくらとしたピンク色の唇。振動で上下に揺れる胸は、まるでゴム鞠のようだ。


ウエストは花瓶のように綺麗にくびれ、濃紺のスカートからすらりと真っ直ぐ伸びた足は、男たちを一瞬にして釘付けにするほど美しい。


はぁ、はぁ、はぁ…


水銀灯に照らされて霧状に舞った白い吐息と、艶々とした長い黒髪が、魅力的な彼女を一層神秘的に見せた。


彼女の名前は雪乃玲奈。21歳になったばかりのOLだ。


この日は結婚を期に退社する先輩の送別会だった。どうやら、少し飲みすぎたようだ。


「もう無理…家までもたない…」


乗車前にトイレに行かなかった自分を今さら恨んだところでもう遅い。


玲奈の尿意はすでに限界に達していた。


この苦痛から逃れる方法はただ一つ。それは、階段の下にある駅の公衆トイレを使うしかない。


しかし、残念ながらそのトイレはとても汚く薄暗い。


しかも、水洗ではなく、便器の下にあるタンクに汚物を溜めるタイプのいわゆる汲み取り便所。だから匂いもそうとうひどい。


ましてや、女性がもっとも嫌う男女兼用だ。


普段なら絶対に行かない不気味なトイレだった。


けれど、今の玲奈には選択の余地どころか、悩んでいる余裕すらなかった。


迷うことなく、脇目もふらず飛び込んだ。


この行動が、日本の犯罪史上もっとも卑劣で残酷な事件の引き金になるとも知らず……。



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