「本日は9時20分から会議で、11時30分からは××産業の専務がお越しで12時50分から40分の昼食時間となりまして…午後は……」
本日の予定を伝えていた秘書は、まるで気の入っていない社長に一抹の不安を覚えて、読み上げていた予定を途中で止めた。
途中で止めたことに対する疑問の声すらあがらないとところを見るからに、聞いていないというのが妥当だろう。
「あの…新城社長…」
名前を呼んでも返答しない。
デスクに座って両肘をついて手を組み、その組んだ手に顎を乗せたまま無表情だ。
「新城社長?」
少しばかり大きな声を出したがそれでも返答もなく、
「新城社長!」
かなり大きな声を張り上げてもまるで聞こえていないようで、
彼女はついボソリと呟いてしまった。
「帰ってきて…丸木戸さん…」
「丸木戸君!?」
こんな社長相手に秘書業務をこなすなど無理ではと愚痴を零した彼女の囁きを新城は聞き漏らさなかった。
その名だけは新城には魔法のように聞こえるらしいことが、新しい秘書となった船田八重(ふなだやえ)女史には驚きだった。
「あ…いえ…丸木戸さんは昨日退職をいたしましたが…」
一身上の都合によるまったくもって急な退職だった丸木戸。
慌ただしく引継を行ったが、業務そのもは驚くほどスムーズに引き継げた。
何故なら引き継ぎ事項が事細かに明記されたファイルを手渡されたからだ。
それはまるでこの日のあることを随分前から知っていたかのように。
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