未来へ
以前暮らしていた場所のことを(1/8)

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8歳下の妻の名前は棕櫚。

シュロというのは、ヤシ科の植物の名称だ。

花言葉は「勝利」や「不変の友情」。

縁起の良い花言葉をもちながら、凶木とされる植物の名前を娘に授けた両親の意図はわからないが、植物としては強靭な性質でもあるので、そのあたりから付けられたのではないかと思う。まあ、確認したことは無いので、俺が勝手にそう思っているだけだが。


年度の切り替わり間近の3月、市立図書館で変な男に絡まれているところに出くわして、声をかけたのが出会いだった。


そのとき彼女が着ていた制服から在籍高校を割り出し、職場の上司の親戚が当該高校の校長をしていることを利用して、半ば強引にお見合いに漕ぎ着けた。

考える間を与えず、その日のうちにプロポーズを済ませ、挙式まで一気に進めた。

大人というのは姑息で怖いものだと、自分でも思う。

そこまでしたのは、ひとえに彼女を逃したくないと思ったから。


そう、有体にいえば、一目惚れだったのだ。

容姿に惹かれたというのは、正直否定はできない。

しかし、纏う雰囲気、声、話し方等、具体的にあげればきりはないのだが、それら全てを含め、棕櫚を見た瞬間に、この人しか居ないという感覚に陥った。

自分は割と理性的な方で、一目惚れというものとは無縁な人間だと思っていたが、考えを改めた。


その後、結婚までの諸々は全てこちらの主導で物事を進めたものだから、彼女の考えや心情は全くわからなかった。


何が好きで、何が嫌いか。
何に喜び、何に悲しむのか。


趣味嗜好。
交友関係。
生い立ち。

何も知らない。

きけば答えてくれるのかもしれないが、何となくタイミングを逸してしまい、そのままだ。

あちらからなにか問われることも無いので、俺に対する興味も関心も、棕櫚の方には特にないのかもしれない。

プロポーズを受け入れてくれたからと言って、向こうがこちらを好きだとは限らない。


自分が高校生の頃のことを思い出してみても、大して将来のことなんて考えていなかったから、棕櫚もそうかもしれない。

つまり、考える暇もないうちに話が固まっていったから、流れに身を任せてそのまま、という感じで結婚しただけかもしれない。

実際、考える時間を与えなかった自覚はあるし、わざとそうしたので、罪悪感や負い目は正直抱いていた。

せめてもの償いとして、不自由なく過ごせるように部屋を用意したし、金銭も自由に使えるよう、クレジットカードも渡した。

結婚なんてものをまだ全然考えていなかったであろう18の少女に選択を迫り、選択権があるようでないような、そんな状況下で結婚を選ばせた男が、俺である。


だから、というわけではないのだが。

この結婚生活に窮屈さを感じさせないように。
結婚生活で嫌な思いをさせないように。
結婚したことを後悔させないように。
離婚したいと思わせないように。

そう思って、棕櫚自身の生活を尊重するために、あまりこちらから声はかけなかった。

棕櫚自身の時間を邪魔しないように、一緒に過ごす時間も敢えて少なくしていた。

そのことについて、棕櫚が言及することは無かった。不満げな様子も見られなかった。

だからやはり、棕櫚としてはこのくらいの距離感が良いのだろう。


結婚できたわけだから、さすがに嫌われてはいないと思いたい。だが、正直自信はなかった。





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