未来へ
未だ宵ながら松立てる門は一様に鎖籠めて(1/11)
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土曜日の朝。
朝食を食べ終え、皿洗いも終えたところで、自室に向かおうとする樹さんを呼び止めた。
呼び止めたは良いが、その後どうすれば良いか全く分からない。
「……どうしたんだ」
テーブルを挟み、朝食を摂った時のように向かい合って座ってから数分を無言で過ごしたあと、ついに樹さんがそうきいてきた。
「あの……」
「何だよ」
「……」
なんと言えば良いのだろう。
どう言うとカドが立たないのだろう。なるべく穏便に、なるべく今のまま、表面的には何事もない夫婦を続けていたい気持ちが強い。
別にわざわざ波風立てるようなことしなくても良いのではないか、と。そんなことすら思ってしまう。
樹さんの方から別れを切り出されるまでは、今のままの生活をしていれば、少しでも長く幸せでいられるんじゃないか、なんて。
ちゃんと話し合った方が良いよと、そういった内容のことを言ってきた雲母にも、私の気持ちは伝えた。
シュロがそれで良いなら、たえられるならそれでも良いとは思うけど、たえられなくなったから泣いたんじゃないの、と。
雲母はそう言ってきた。
まあ、その通りだった。いつだって雲母は正論を言う。状況を正しく把握して、正しいことを言う。
でも、雲母はいつも、こうしてみたら、とか、こうした方が良いと思う、みたいな感じで提案はしてきても、強制はしてこない。
だから別に、こうして話し合う時間を設け無くても、雲母は怒ったりしないだろうけど。
でも。
「……今週の水曜日、って…………その、何してました…………?」
そう問いかけた。
凄まじく怪しい質問をしている自覚はある。
案の定、樹さんは眉を寄せた。少し沈黙がうまれて、それでも私がそれ以上何も言わないのを確認すると、怪訝そうな顔をしながらも樹さんが答えてくれる。
「……仕事だが」
「…………。……そう、ですよね…………」
樹さんは、仕事と言った。
では、あれは仕事だったのだろうか。
いや、そういう感じではなかった。
というか、樹さんは割と屋内での仕事が多いはずだ。私は樹さんの仕事のことをさほど詳しく知っているわけではない。しかし、省庁勤務の人の多くは、出張以外はなんか書類作ったり大臣の答弁の資料を作ったりとか、そんなのが多いのではないかと雲母が言っていた。
「お昼、過ぎ頃……なんですけど。……どこにいました……?」
もう少し、時間帯を限定してきいてみる。
樹さんはますます怪訝そうな顔をする。そりゃそうだろう。というか、ここまでくれば私が何らかの疑義を持っているのは察しただろう。
暫しの間の後、樹さんが口を開く。
「……仕事で庁舎に居たが」
「……」
ウソだ。
樹さんは、嘘をついた。
嘘をつくのは何故か。
知られたくないことがあるから。
知られたくないのは何故か。
後ろめたいことがあるから。
つまり。
水曜日にあの女の人と一緒にいたことは、私に隠しておかないといけないことだと樹さんは判断しているということだ。
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