【捧げもの集U】
[ギールとライアF](1/9)

「相変わらず騒がしい男だね」

部屋に足を踏み入れたところで分かりやすく固まっている相手に視線をやり、アンナはやれやれと肩を竦める。

「扉は静かに開けるもんだよ」

その言葉に無言で同意しながら、ライミリアンは運んで来たお茶を彼女の前に置いた。

「どうぞ」

ここは彼の家で、客室だ。
馴染みの場所であるにも関わらず、まるで異空間に迷い込んだかのような顔をしていたギルディアスは、ソーサーにティースプーンが添えられる音で我に返った。



おばさん!!」

途端に破顔一笑し、アンナの元へと駆け寄る。応えるように立ち上がったかと思いきや、彼女は長身とヒールを活かし、彼の耳をぐいと摘み上げた。

おばさんじゃなくて?」

す、すみませんアンナさん

「よろしい」

おばさんというのも今となっては違和感ない表現だ、という言葉は言わないほうが懸命だ。変わらぬやりとりを横目で見ながら、ライミリアンはもう一人分、お茶の用意に取り掛かる。
特に呼ばれていない来訪者は、自分の耳をさすり、嬉しそうに椅子に腰掛けた。

「うわぁ、変わってないー懐かしいー」

「あんたも変わらないね、良くも悪くも」

「良くもって初めて言われた!」

どんな扱いを受けてるんだい」





ライミリアンと共に、アンナはチェンバレンに移り住んだ。

しかし彼女が孤児院を後継者に譲ったのは、ゼヴェルトがいなくなった五年後。
「明日、私はチェンバレンを出るよ」という殆ど事後報告のような知らされ方だった。当時のライミリアンは少なからず動揺し心配したが、当然アンナが決断を変えることはなかった。それ以降、彼女は家をチェンバレンに置いたまま各地を転々として仕事をしている。孤児院だけでなく、子供たちの教育における活動にも関わっているらしい。

アンナがカップを手に取ると、ふわり紅茶の香りが湯気と共に広がる。
カップをもう一つ出したライミリアンの瞳が揺らいで見えたのは、湯気のせいだろうか。

「随分と、突然ですね」

自身も席に混ざりながら、アンナに紅茶のお代わりを勧める。彼女はもう行くからと断った。

「ねぇ、いつまでこっちに居るの?」

「折角来たんだから、会う人が沢山いるんだ。追い出そうったってそうはいかないよ」

「やだなぁむしろ居てほしいって話!な、ライア」

いつもは余計な彼の合いの手も、今日に限っては良いフォローだ。しかし頷きながらも、ライミリアンの表情はどこか硬い。

「会う人とは」



それは決して急(せ)いた口調ではなかったが、単なる会話を膨らませる問い掛けとは、どこか違う色を含んでいた。それを見通すかのようなアンナの視線に、彼は一瞬言い淀んだ。

「道で偶然会わなければ、あんたに会いに行くのはもう少しあとの予定だったんだけとね」



それは、自分になのか。それとも。

「街長にですか?」

「そうだね」

あっさりと肯定し、アンナは事もなげに言い放った。

「サリたちの所に呼ばれているんだよ」

ギルディアスはきょとんと首を傾げる。
川沿いの、船渡しの仕事をしている人物の名前をあげ、アンナは微笑む。

「今度の橋を架ける計画で、自分たちの仕事が減ることに、意見したいんだってさ」

「っ、アンナ」

「あぁ、その手伝いだよ」

ライミリアンはガタリと立ち上がる。先に焦った声を上げたのはギルディアスだった。

「え、ち、ちょっと待って!ライアも頑張って折角話が進んできてるのに

「だから何だい。納得していない人がいるというなら、遅かれ早かれ聞かなきゃならない意見だろう?」

「それは当然受け入れます、でも」

何も貴女が混ざることでは。
その言葉を飲み込んでテーブルに視線を落とすと、僅かに眉間に力が篭る。

「あんたもまだ仕事だろう?見送りはいいからしっかりやりな」

。っ!」

「今の歳からそんなんじゃ、老けるよ」

返事に窮している眉間を、アンナの指先がピンと弾いた。


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