【捧げもの集U】
[死に神とコウモリG](1/2)
しばらく歩いたあと、死に神は立ち止まりもう一度振り返った。
どうやら錯覚でも偶然でもないらしい。ゆっくりとフードを外して髪を耳にかける。
「…何か御用ですか?」
囁くような声はか細く、珍しいことに戸惑いが前面に表れていた。相手は答える代わりに、尻尾を振って小さく鳴いた。
「それは犬じゃない」
仕事中に足止めを食らった彼の表情は渋い。
まだ日が沈み切ったばかりという早い時間。片手に持った書類を抱え直し、コウモリは呆れたような声を出した。
一階建ての屋根の端に、死に神が立っている。彼女の足元にいるのは、犬ではない。
「狼だ」
街灯のてっぺんにかろうじて足の爪先を乗せ、彼は翼を止めている。死に神は首を傾げて、その生き物を見下ろした。
「…。オオカミって、もっとこう」
「子供に決まってるだろう」
「まぁ」
声色に明るさが混じった。彼女は座り込むと、狼の頭にゆっくり触れる。
「小さな時は、こんなに愛らしいのですね」
ふんわりと柔らかい毛が手を包む。温かい。
「それなら腑に落ちました」
コウモリが使っている蝙蝠のように。人のような姿にならない「夜の動物」が存在し、成体となる頃にはその9割以上が「夜の住人」の僕(しもべ)となる。
昼の動物か、夜の動物か。単独でいると一見して見分けがつかないが、寿命や理解能力に違いがある。そして「死に神を怖れるか怖れないか」ということも、違いの一つだ。
犬は夜の動物にはいないのだが、狼は昼夜どちらにも存在する。つまりこの子は夜だということが分かり、死に神は安心して触れた。
一方、腑に落ちないのはコウモリである。
夜の生き物であるにしても、死に神である彼女に懐くなど前代未聞だ。成体よりも好奇心が旺盛なのだろうか、はたまた鈍感なのか。そんな考えを巡らせているとはつゆ知らず、死に神はふわり、狼を抱き上げる。
「迷子でしょうか?」
「放っておいたら何とかなる」
しかし彼女は心配げに表情を曇らせたまま、腕の中の生き物を見つめる。狼は顔を上げ、彼女の頬に鼻先をすり寄せた。
呼び止められた時点で、予想をしていなかったわけではない。やはりというべき状況に、コウモリは顔を歪めると、自らの襟足に手をやりながら深過ぎる溜息をついた。
「…、夜中まで待て」
まだ仕事がある、とぼやく。
「良いんですか?」
「その依頼のつもりで呼び止めたんだろう」
実際その通りではあるが、仕事を選ぶ彼と命令を下さない彼女の間で、決定権は基本コウモリにある。
珍しく、対価を交渉する前に示した了承。死に神が柔らかく表情を崩すと、彼は渋い顔のままに翼を広げた。
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