【捧げもの集U】
[ギールとライアE](1/4)
「街長の独断、になっていなければ良い」
砂時計が落ち切るのを確認し、ユシュアは相手の分もお茶を注いで呟いた。
「ありがとう」
ライミリアンはカップの持ち手に人差し指を伸ばす。口数少ないユシュアの自分を案じた言葉も、それと合わせて受け取った。
内通者の可能性がある分、矛先はちゃんと逸らしているか、と。
「あぁ、自然な流れで事は運んでいる」
話しているのは、カラス事件のこと。
あのあと損害に関する報告を丁寧に管理して、情報が流出しないように仕組みを変えた。急速に不自然な変え方をすれば、目立って危険を伴う。
事件はそれ以降起きていないが、果たして仮説通りであったのかは分からない。
とある店の、窓際の二人席。すぐ横には賑やかな通りが見えている。
警戒体制は解かぬまま一時休戦だと付け加え、ライミリアンは手元の水面に自分を映した。
「今日は、発明家は?」
ユシュアのほうが年上で学年こそ違えど、ライミリアンとは学友である。仲間の中で一人、発明という異色の進路を進んだ彼とも、よく見知った仲だ。
「全労力を充てていた例の件が、やっとひと段落したからな」
本人の言葉をそのまま引用する。橋の建設は大体話がまとまって、着手も近そうだ。川付近の住人との交渉について報告書を受け取ったギルディアスは、椅子の背もたれに仰け反って息をついた。
「今から死ぬと言って引き篭もった」
いくら馬鹿体力でもいちおう人だからと、安らかに放置したのが昨日の事だ。
…ガガガガガガ…
「…今、何か横切らなかったか?」
窓の外を見つめ、ユシュアが言う。
「気の所為じゃないか」
ライミリアンは顔も向けずにお茶を啜る。
「…えらく椅子の高い、車に見えたが」
「ちょっとそこ!!待ちなさい!!」
横切った何かの方向に、警備兵が二人駆けて行く。
ユシュアが窓を押し開けるのと、その機械音が鳴り止むのは同時だった。
「!?えっ…な、ギルディアス殿ではありませんか!」
聞こえてきた会話。ユシュアはそっと、目の前の街長に視線をやる。
彼はあからさまに、沈み込むようなため息をついた。
次いで、無言で外を指差す。それを見たライミリアンは首を横に振った。
行くか?
絶対行かない。
店員は二人の目での会話を遮らないように、卓の上にそっとビスケットを置いた。
「何ですかこの車は…」
警備兵の呟きに、ギルディアスはよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりの大きな笑みで車を降りた。
「新しい清掃車!」
「はぁ…」
確かにチェンバレンでは、舞う花弁の掃除が欠かせない。今までも当然、清掃用の機械はあったわけだが、清掃車とはいかに。
もう一人の警備兵も首を傾げる。新しい乗物が採用されるには、街での試乗など監査項目がある。主に下っ端の警備兵などの仕事だ。走っているということはそれをクリアしてきたのだろうが、どうにも初めて見る気がしてならない。
「いつの間に変わりましたっけ?」
「んーや?まだ試乗」
「ご自分で!?」
どおりで見ないはずだと、呆れを通り越して嘆く。慌てて止めにかかるも、彼は平然と言ってのけた。
「発明家って資格があるんだから、最初の危険な試しは自分でやりゃーいいと思うのよ。不調あったらその場で直せるし」
「あぁもう常識が通じない!!」
危険な役を、わざわざ買って出る物好きはいない。彼を除いて、だ。
汚れたままの服も制止の声も意にも介さず、ギルディアスは車体をぺしぺしと叩く。
「でもやっぱ、でかいのよね。邪魔。花が少ない季節用も考えないと」
「…とりあえず今日のところは、残りはこちらに任せてください。いつもの場所に返しにいきますから」
上層に見られたら、こちらが仕事を放棄しているようにしか見えないのだと言われ、ギルディアスは仕方なく車を渡した。
鼻歌交じりに街を歩く。
露店の顔馴染みに声をかけられ、話ついでに買った林檎をひと齧りした。
『もう少し手軽な形…』
思考は当然、清掃機のことである。
ギルディアスの仕事は、恐らく他の発明家とやり方が違う。
思い付くまでが難しいのではなく、枯渇することない閃きの、どれに焦点を当てるか選び出すことが難しいのだ。
そしてそのやり方は。
「…お」
向かい道の乳母車を押す人を見ていた彼は、小さく声を上げる。
その口元が、弧を描いた。
あの型破りな発明家のやり方と同じだと、本人は意識したこともないのだろう。
- 17 -
前n[*]|[#]次n
⇒しおり挿入
[編集]
[←戻る]