【捧げもの集U】
[死に神とコウモリF](1/2)

下界の争いが、鎮まりの気配を見せた。
それは唐突な風の流れで、夜の住人たちも無関心ではなかった。しかし大半は影響されているという事実を認めることはなく、夜はまた、変わらぬ温度で刻を迎える。





そこは柵がないベランダのような空間で、空と繋がっている。
当然ながら椅子もなく、床に直接座り込む影はこじんまりと小さなものだった。
横顔を隠すのは、闇に逆らわない黒のフードローブ。そこから唯一覗く白い手が、一冊の本を開き持っている。

「・・・」

丁寧な動きで頁を捲る指先が、小さく揺れた。僅かに身を乗り出して、数階斜め下にコウモリの姿を見つける。



彼は何かを見ているようだった。
仕事中だろうかと見つめていると、その視線がこちらを捉える。一瞬だけ彷徨ったところを見ると、はっきりと自覚するより先に行動に移った、といったところだろう。そもそも死に神に気配はないから、最近の勘の良さには、素直に感嘆する。

「ー」

彼は顔を顰めたかと思うと、人差し指を唇の前で立てた。当然邪魔をするつもりはないので、死に神はそっと微笑んで元の場所に戻り、また本へと目を落とした。
















。すみません、気が付きませんでした」

いつ自分の横に来たのだろうと、死に神は本を閉じる。

「お疲れ様です」

そう言って微笑む彼女に、コウモリは溜息をついた。

「随分と

ゆったり構えていると言いかけて、辞めた。よく考えれば、常時の事だ。

本を脇に置いて立ち上がり、指を胸の高さに上げる。蝶が一羽、何処からともなく現れて留まった。
仕事を知らせるその蝶は、二、三度翅を動かして指から離れていく。

「今夜は仕事がないようです」

コウモリさんも、休んで行きませんか?と問いかけ、そしてそのまま言葉を続ける。

「あわよくばお話相手に」

「そっちが本音だろう」

「否定は致しません」

言葉の掛け合いを楽しむように、くすくすと笑いながら。
お話相手にされるつもりは毛頭なかったが、彼女が珍しく本を読んでいたことは気になった。コウモリの視線を追って、死に神は話の種を拾い上げる。


「小説なんです。吸血鬼と、人間の」


彼自身、およそ手にしない部類だが、内容は知り得ている。
何故ならそれは太古の昔からある【実話】だから。

しかし彼女が読むというのも珍しく、どういう言葉が続くのかには興味が向いた。

「やはり、異種同士の交流は難しいこと、なのですね」


昼は昼、夜は夜。その垣根を超えることは、今尚禁忌とされている。
それはコウモリの知識においても相違はなく、昼の住人にいたっては、夜の住人の存在を知らない。
それでも何かの悪戯のように、何百年に一度、このような出来事は起こり得る。

「他者が、口を出す問題ではない」

周りを巻き込まない限り、それもまた、一つの選択だと。









風が吹いて、コウモリは気付いた。

死に神がその話に彼女自身を、もしくは彼女を慕った人間を重ねていることに。

今また同じような状況に出会えば、その時のように無関心でいられないだろうと、薄々自覚はあるのだろう。




それがたとえ、死に神自身の存在を危うくする行為であったとしても。


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