【捧げもの集U】
[ギールとライアD](1/13)

「!!」




ガラスが割れたような衝撃音の余韻は一瞬で消え去り、平和な鳥の声が窓を隔てて聞こえてくる。
天井へと伸ばされた自分の手を見つめた。静かに息を吐き出すと、緩む身体。耳に残る痺れは驚くような早さで消えていった。

脳を動かして、光の差し込むこの世界が、現実であることを確かめる。

何度も、何度も繰り返して。

Wギール、大丈夫だよね?W

夢の中の、幼い自分の台詞を思い出す。
人の根本はそう簡単に変わらない。人より察しが良かったから、人より怖れが多かった。

返ってくるのは、大丈夫だ、という言葉。そしていつもの笑顔。あの日もそうだった。だから自分はあの言葉を最後に、

問うことを、辞めた。












ーー




「なぁ、ライア」

久しぶりの休暇だった。
ライミリアンは、持ち出していた資料を朝一番で戻しに行くと、帰りにギルディアスの家に立ち寄った。


季節は早いもので、少し動けば空気から伝わるじんわりとした熱。ギルディアスに関しては、肘上まで袖をたくし上げていることが通常となった。
ライミリアンも今日のように仕事でないときはハットやステッキを着用せず、ベストのみの軽装で出かけている。

「何か言ったか」

「この記事どう思う?」

彼が珈琲を啜りながら見ているのは、今朝の新聞だ。この、と言うわりに、左端だけ持ち上げている状態では、向かいにいるライミリアンから読むことは出来ない。ただ既に紙面の内容を把握しているため、ギルディアスの視線からそこにある記事を推測することは出来た。

"カラス事件"…呑気な名前が付いたものだ」



街長は苦言を口にする。
最近、留守を狙った不法侵入が続いており、これで三件目だ。あらゆる物が床に落下し、強盗かと思いきや何も盗られていない。
物が散らかっているだけという共通点から、付いた名前がWカラス事件W。

「カラスも確かに散らかすけどなー」

この犯人も光り物探してたりして、と適当なことを呟きながら、新聞を閉じる。
当然、何も盗られていないから問題がない、で終わる話ではない。

「まずは侵入された場所の共通点を、洗い出していく必要があるな」

案の定、対応を検討していたライミリアンの答えはスムーズだ。ギルディアスは頬杖をついて話を聞く。

「そうなるねぇ」

「あとは本当にW盗まれたものがなかったWのかどうかということだ」

「あー成る程」

「・・・」

「・・・」

「ぼけっとするな、早く用意しろ」

うん?ええぇ!?」

なに素っ頓狂な声を出している、と言う彼の足は既に扉へ向かおうとしている。

「いや、え!?」

混乱するのも無理はない。
ギルディアスが首を突っ込んでいるのを、彼が諌める事こそあれ、賛同することはない。仕事は適材適所、個人の力量を過信するなというのが彼の考え方だからだ。

「仕事じゃない」

そんなギルディアスの考えを読んでか、彼は言い切った。

「休みの時くらい、自由はあるだろ」

暫し言葉に詰まったあと、ギルディアスは開いた口を閉じた。仕事ではなくあくまで個人的な行動だという理屈が、あまりに街長らしくなくて、そしてあまりに彼らしくて、笑ってしまった。


「昨晩の被害の検証は、昼からだそうだ」

「あの角の家って、たしか時計屋のじーさんとこだろ?おーけーW理由W作るわ」

「先にその格好を整えろ」

「へーい、い"っ!」


彼のどことなくにやけた表情を指摘しようとした途端、ガツンと鈍い音。脚をさすっている様子を見て、ライミリアンは溜息をついた。

お前の机の周り、いつにも増して物が多くないか」

「ってー。あぁ、この間の昼祭に使ったやつなんだけど、仕舞う場所なくてさ」

昼祭とは、前回の祝日に行った催しである。普段は店をしていない人たちも、自分の作ったものを持ち寄って通りに店を出したりと、街全体で盛り上がった。
彼が足をぶつけたのは自分で作ったブランコのような乗り物なのだが、子供たちにはかなり好評だった。



ライミリアンは隣の棚の、新しい缶に気が付いた。手に取って蓋を開けると、クッキーをひとつ取り出す。

「これ意外に作るの難しくてさ、特にここの自動で動く仕掛けがっておーい、聞いてる?」

無論、聞いていない。

缶のラベルを見ながら、彼はクッキーをサクリとひと齧りした。



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