花束
解れと縺れ(1/18)


嫌なことは突然起こり、場をかき乱すものだ。

それも、準備をしていない時にばかり起こる。

そしていつも、目の前から大切なものを奪っていくんだ。








皐月くんに告白をして一ヶ月後。

初めは気まずかった私達も次第にいつも通りに戻ってきた。

気温は徐々に下がり始め、皐月くんの学校では衣替えが終了した。

相も変わらず彼はパーカーで登校している。

何度も制服を買おうかと言うがその度に断られる。

どうやら教師も諦め、皐月くんに何も言わくなったようだ。

何とか取り戻した平穏。

それが壊れるのはいつだって、なんて事無い普通な一日だ。

皐月くんも私も休みで久し振りにスーパーに買い物に行った。

もう冷蔵庫の中は空っぽで何も作れなかったからだ。

皐月くんはすっかり料理に慣れたようで簡単に献立を立てていく。

それを私は隣で眺めているだけ。

何だか私の手を離れ、巣立っていくようで寂しいけれど自立していっているのだと思うと何も言えなくなる。

そして、私の想いも何も変わっていなかった。

相変わらず皐月くんの事は好きで、見るたびにドキドキとする。

だけどそれはもう皐月くんに伝えることは出来ない。

一度断られてしまっている上にこれ以上何かしても迷惑をかけてしまうだけだから。




「花奈さん、今日のご飯は手巻き寿司だよ。」


「今日は豪勢ね。いいことでもあったの?」


「いや、この前ネットで見つけて凄く美味しそうだなって思ってさ。
花奈さん、魚好きだしいいかなって。」


「うふふ、手巻き寿司好きよ。
何だかお腹減ってきちゃった。」


「じゃあ今日は早くご飯食べて、お風呂も入ってこの前借りてきたDVD見ようよ。」


「そうね。」




今日一日の予定をざっくりと立てる。

まったりとした空気が心地よくてこの平穏が幸せに感じられた。

これがこのままずっと続くものだと思っていた。

この奇妙な関係は永遠に続いていくのだと思っていた。

だが現実は残酷だ。




「やぁ、久し振りだね。」




幸せは永遠には続かない。

幸せな分不幸に突き落とされ、悪夢を見させられる。

そして人は悪夢に陥ると平穏な日々に想いを馳せ、羨みながら落ちていくのだ。

悪夢の方が印象深く、その人の心に刻まれる。

皐月くんがいい例だろう。




「あんた!」


「嫌だな、あんただなんて口が悪い。
僕が誰だと思ってるんだい?」




にっこりと笑う男性。

年は三十代前半といったところか、若々しい印象を受ける好青年だ。

柔らかな物腰に丁寧な口調。

とても礼儀正しい彼は皐月くんに親しげに語りかける。

その反面皐月くんはきつく彼を睨んでおり、酷く憎しみの目を向けていた。

この人は誰?




「オレはあんたなんて知らない。帰れ。」


「帰るのはお前だろう。
凄く探したんだぞ?今までどこに行っていたんだ。」


っ、」




皐月くんは顔を歪め、歯を食いしばる。

ぎゅっと私の服を握り締めるその手は微かに震えていた。

怯えてる




「皐月くん?」


「サツキ?そうか、今はそんな名で通っているんだね。
じゃあ僕もそう呼ばせていただくよ。
皐月。」


「やめろ!その名前をお前が呼ぶんじゃねえ!」


「おやおや、年上に対する礼儀がなってないね。
また躾なくちゃいけないかな?」




男性は微笑み、皐月くんに問いかける。

何だろう、作られた笑顔という感じはしないけれどひしひしと感じる違和感。

偽りを見せられているような。




「おや、その隣の女性は今の寄生先の主かい?
これはまた綺麗な女性を見つけたものだ。
お前は本当に面食いだね。」


この人は関係ねーだろ。」


「関係無い?
今まで皐月の面倒を見てくれた人だろう。
そんなことを言っていいのかい?」




皐月くんは口を閉ざし、唇を強く噛む。

そんなに噛んだら血が出るよ、と言いたかったけれど言えなかった。

そんなことを言うタイミングでないと、すぐに察した。




「貴女、名前はなんて言うんですか?」




男性は私に視線を移し、こちらに微笑む。

私は目を二、三度瞬きし、名乗った。




「む、村上と言います。」


「そう、村上さん。
申し訳ないけれど皐月は僕が引き取ります。
どうやら君は皐月のことを好いているようだけれど、諦めなさい。
皐月は君とは付き合わないから。」


「え。」




どうしてこの人は何もかも初めから決まっているみたいに話すんだろう。

私が皐月くんと付き合わない、なんてまるで決定事項みたいに。

確かに私は皐月くんにフラれた。

でもそれは私達と早紀、それに高木くんしか知らない。

それをこの人はまるで見てきたみたいに




「さぁ、皐月帰ろう。」


嫌だ。」




男性ははたと目を見開き、皐月くんの顔を見た。

何かに気づいたような表情。

それからニヤリと嫌な笑顔を見せた。

心の中を見られたみたいな、気持ちの悪い笑顔だった。




「そうか、お前、この女性のことが好きなんだね。」




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