花束
変化と文化(1/28)
授業参観から数日後、保護者会に参加しなかった家庭にプリントが配られた。
今度はきちんと皐月くんは私にプリントを見せてくれた。
もしも何か連絡があるようだったらきちんと教えてくれると約束したからだろう。
案外人との約束は守る子だ。
「これ、担任から。
別に大事でもなんでもない用だけど一応ね。」
「あぁ、ありがとう。」
食後のまったりとした空間の中、皐月くんはふと思い出したようにリュックからプリントを取り出した。
修造ファイルの中から真っ白なプリントが1枚引き出される。
ガッツポーズをしてこちらに熱い笑顔を向ける修造ファイルは私がスーツを買った時に貰ったものだ。
使い道がなくて持て余していたところ、皐月くんのような学生にはファイルは必要だろうと思ってプレゼントした。
ネックレスと比べればしょうもないプレゼントだけど。
「えーっと…“文化祭のおしらせ”?
え、文化祭ってこんなに変な時期にあるの?」
梅雨も明け、もうすぐ夏休みだという時に文化祭ってあるのだろうか。
私の学生時代は毎年文化の日にあったし、弟の学校は6月の衣替えの時期にあった。
なんだか中途半端なように感じる。
「うーん、オレも高校の文化祭は初めてだからよく分かんないけど、今年は遅いらしいよ。
担任が理由言ってたけど興味無いからあんま聞いてなかった。」
「駄目よ、ちゃんと先生の話は聞かないと。」
「だって面倒くさいもん。」
もんって!
男子高校生が“もん”って!
萌え禿げるわ!
「皐月くん達のクラスは何をするの?
出店とか?」
「まだ決めてない。
けどあんまり面倒じゃないのがいいな。
展示室とかだと準備も楽だしさ、当日も何もしなくて済むじゃん。」
「せっかくの文化祭なのにそんなの駄目よ!
何か思い出に残るような、クラス一丸となって頑張れるような出し物にしないと。」
「オレ、そういう熱いの無理。
花奈さんって少し修造に似てるね。」
「何かそれ微妙な気持ちになるんだけど。」
「いいじゃん。オレ好きだよ、修造。」
皐月くんが好きだからと言って私まで修造は好きになれない。
熱くて、真っ直ぐで素敵な方だとは思うけど好きってほどじゃない。
普通って感じ。
「花奈さんが高校の時は何したの?」
「えー?何したっけ。」
もう十年も前のことだから記憶もだいぶ曖昧だ。
中学の文化祭と若干入り交じる。
確か…。
「1年の時が焼きそばで、2年で喫茶店やって、3年の時が劇だったかな。」
「へぇ、何の劇やったの?」
「ロミオとジュリエットだよ。ベタでしょ?」
「ほんと。ベタだね。何の役したの?」
「役じゃなくて裏方だったよ。確か照明係。」
「役しなかったんだ。」
「うん。確かミスコンに出なきゃいけなくて、そっちが忙しいだろうからってクラスの子が気を使ってくれたの。」
懐かしいな、ミスコン。
クラスの被服部の子が作ってくれたドレスみたいなのを着てミスターコンの男の子と一緒にランウェイみたいなところ歩いたっけ。
机で作った道だったから足元がグラグラだったけど。
結局ナンバーワンの称号はマドンナの子が獲り、ミスターコンの方は隣のクラスの男の子が獲った。
私達は共に4位という微妙な結果で終わってしまった。
どうせなら最下位の方が面白かったと2人で笑ったっけ。
うん、懐かしい思い出だ。
「ミスコン?その時の写真とか無いの?」
「黒歴史だから多分実家の奥深くに封印してると思うよ。
皐月くんならミスターコンで優勝狙えそうだね。」
この前行った時に実感したけど皐月くんの人気ぶりは尋常じゃない。
絶対に優勝出来るだろう。
問題は本人のやる気だけど。
「そんなの、オレが参加するわけないじゃん。
オレは何にも得しないし、目立つのは嫌いだし。」
その場にいるだけで目立っている人のセリフとは思えない。
まぁ今は下手なことは言わないでおこう。
お口にチャックだ。
「でも、花奈さんミスコンに出てたんだ…。
当然、ミスターコンの人と並んで出たわけでしょ?
その人が羨ましいな。」
「え?でも4位だったよ?
ミスターコンに出るだけあって格好良かったけど皐月くんの方が格好いいし。」
「そういう問題じゃないんだけどね。」
皐月くんは半ば呆れたように笑う。
え、何で私今呆れられたの?
「花奈さんの隣に堂々と立って一緒に歩いたってことが羨ましいの。
すっごく妬けちゃう。
オレの知らない花奈さんをソイツは知ってて、しかもミスコンが忙しかったのならそれだけ長い時間ミスターコンの人と居たってことでしょ?
やっぱり妬ける。」
皐月くんはちょっとだけ顔を顰めて見せて、ヘラっと笑った。
その、パフォーマンスのようにも取れる表情から彼の真意は読み取れない。
皐月くんはいつも、壁が一枚ある。
そこから先は誰にも踏み込ませないよう、固く建てられた壁が。
その見えない壁は叩いたって、崩れなくて、そもそも近づきにくい構造になっている。
彼の心に踏み込むのはかなりの難関なようだった。
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