花束
憧れと葛藤(1/17)


花奈と一緒に暮らすようになってから1ヶ月。

皐月は毎日学校に来るようになっていた。

花奈とは上手くやっていて順風満帆、問題は無し。

だが悩みというものは突然やってくる。




「よし、全員に行き渡ったか?」




担任が自身の分の紙を手にクラスを見渡す。




「ちゃんとそれ今日持って帰って、親に渡すんだぞ。」




無論、皐月の手にもそのプリントはあった。

そのプリントの1番上、ハッキリとした書体で書かれた文字。




『授業参観のお知らせ』




高校生にもなってこの行事かと頭が痛くなる。

小、中学生ならまだ分かる。

なんとか乗り越えてきた行事で、ようやく解放されたと思っていたのに。

まだ縛られるのか。




「せんせー、俺らもう17だよ!?」


「嘘つけ。お前はまだ16だろうが。早生まれ。」


「んなこまけーこといいじゃん。
それなのにさ、まだ授業参観って幼すぎねぇ?」




彼の言うことも最もだった。

普段全く関わりのない彼のことを褒めたたえ、賞賛の拍手を送りたい気分だった。

素晴らしい、と握手したい。

それ程までに彼の言葉は正論に感じられた。

だが担任は首を振る。




「小学校の頃は何度もあっただろうが、最近はやっていないだろう?
だから自分の子供の成長を見る機会が減っていると思うんだ。
だから今回の授業参観はとてもいい機会だと思うぞ。」


「そんなんわざわざいらねーからー!」


「それと大事な連絡もあるから仕事の都合でどうしても来れない場合等を除いて必ず参加してもらうよう伝えてくれ。
いいな、ちゃんと伝達されてるか家に連絡するからな。」


「池ちゃん、暇人かよ!」


「馬鹿野郎、忙しい時間を割いてやってやるんだろうが。」




まずいな、と皐月は思った。

授業参観という行事は皐月にとって1番嫌いなものだった。

親がアレなだけに一度も来てくれたことは無い。

いつだって自分の親の姿だけ無く、孤独を実感させられる。

自分は1人なのだと現実を突きつけられる。

そんなもの、とうの昔から知っているのに再度実感し、イラつく。




「なー、村上んとこは誰か来る?
俺多分母さんがノリノリで来るんだと思うんだよなー。」




前の席の高木が振り返り、楽しそうに皐月に話しかける。

それに思わず顔を顰めかけたが、すぐに無表情に戻る。

他人に自分の心情を読み取られるのは嫌いだ。

元々、表情はあまり出るタイプでは無い。

皐月の基本的な表情は無表情か、作り慣れた笑顔だった。




「オレのとこは誰も来ない。」


「え、何で?仕事?」


まぁ、そんなとこ。」


「ふーん。ま、そういう奴も多いだろうし、来ない所は村上のとこだけじゃねーだろな。」




高木は特に何の違和感も抱かず、納得してくれた。

直後、担任からの激昂が高木に飛び、彼は慌てて前を向いた。

皐月は一連のその流れを眺めた後、頬杖をついて窓の外を眺めた。

授業参観、か。

このイベントには何の意味があるのだろう。

子供の成長?

授業内容?

学校の雰囲気?

そんなもの、たかが1時間眺めただけで分かるはずもない。

無意味なイベントとしか思えなかった。

それに皐月には授業参観に来てくれるような親はいない。

皐月にとって、授業参観だろうといつもの授業だろうとなんの違いもなかった。

全部一緒ではないか。

つまらない、ただの一日だ。

それにどうやら授業参観とやらは土曜に行うらしい。

わざわざ土曜に出てまでどうして勉強をしなきゃいけないんだ。

それにどうせ、授業参観だからと試験に関係の無い一風変わった授業をやるのだろう。

それなら尚更授業参観を行う意味など無い気がした。

プリントに印刷された『保護者各位』の文字が鬱陶しい。

オレには保護者なんて

そう思った時、1人の人物の顔が浮かんだ。

いやいや、そんな面倒は掛けられない。

経済面から生活面まで何から何まで世話をしてくれている彼女に、こんな親代わりみたいなこと。

でも、もしも来てくれるのなら

不思議だ。

あんな親は来て欲しくないと思うのに、あの女性には来て欲しいと願ってしまう。

言い訳なんていくらでも作れる。

それこそ、先程担任が言ったように『大事な連絡があるから』とでも言えば面倒見のいい花奈のことだ、時間を作って来てくれるだろう。

でも彼女は社会人だ。

再来週行われる授業参観の日がたまたま休みだなんて奇跡はそうないだろう。

働く身としては突然休むなんてことは出来ないはずだ。

いや、でも聞くだけ

やめよう、こんなことを考えるのは。

花奈には散々世話になっている。

これ以上世話をかけ、学業面まで請け負ってもらうのは最低だ。

頼りすぎだろ、オレ。

皐月は溜め息をひっそりとつき、プリントを無理矢理ポケットに突っ込んだ。

ポケットに入れていたら洗濯する時見つかるかもしれないな。

帰りにリュックでも買って帰るか。









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