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[五章](1/25)
「相澤、てめぇ遅いんだよ! どこで油売ってやがった、このあほが」
好奇の目で見られることを覚悟し、決死の思いで部屋の扉を開けた私に飛んできたのは、いつもと変わらない今野部長の罵声。
「お前の体内時計は署長を通り越して本部長クラスなんじゃねえのか?」
他の先輩も今野部長に合わせて言葉を続け、部屋が笑いに包まれる。いつもと何も変わらない、荒っぽい言葉が飛び交う場所。私にはそれがひどく温かく、心地好い。
「係長はもう調べに入ってるけどな、お前のこと心配してたからよ。俺らのことはともかく、係長にはきちんと謝っとけよ」
先輩の言葉に頷き、固く閉ざされた調べ室の扉に目をやる。
あそこに藤波がいる。考えただけで全身から汗が吹き出してくる。冷たい何かが背を這うような、嫌な感覚。
「2号室で調べてるから、様子を見たきゃミラーで見てこいよ」
私が中を気にしていることに気づいた先輩が、隣に来てこっそりと耳打ちしてくれた。2号取り調べ室にはマジックミラーになっている小窓が取り付けられている。隣から中の様子を見ることが出来るという仕組みだ。
今あの男を見たら、また過去の幻聴や幻覚に襲われるのではないかという不安はあった。それでも、私は逃げないと決めた。自分を鼓舞して1号室へと向かう。
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