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 こだわりの話

 あなたは戸惑っていた。確かに、戸惑っていたのだ。

 こんなはずじゃなかった。どうして。なんで。何度も何度も己に問いかけた。無意味な問いだった。わからないのはあなた。聞いているのもあなた。そのあなた自身が、答えられるはずもなかった。

 否。解答は可能だったかもしれない。ただ、その解答に、あなたが納得するかはまた別の話だけれども。

 あなたには愛した人がいた。心から、愛していた。人生を、すべてを捧げてもいいとさえ思っていた。そのつもりだった。その愛のために、あなたは何だってした。何だって。

 何、とは具体的に何だろう? あなたはそこだけが思い出せなかった。いや、愛した人の姿も声も、いまやぼんやりとしか思い浮かべられない。思い出せない、という事実をあなたは思い出した。やっと。ようやく。それはとてももどかしくて、ひどくはがゆい状況だった。心のその場所に確かに置いていた大事な大事な宝物。宝物だということも覚えている。そこにしまっていたということも覚えている。だけどどんな宝物だったのか、どんなかたちをしていたのか、そんな肝心なことがわからない。ぽっかりと空白がある。それしかあなたは認識できない。
 ただ、こんなはずじゃなかった、そんな言葉だけが浮かぶ。

 こんなはずじゃなかった。じゃあどうなればよかったのか。何が、何を間違えたのか。考え続けるうちにあなたは眠りに落ちて、そしてまたあの夢を見る。夜道を死にものぐるいで駆け抜ける、あの夢を。「気持ち悪い」というあの言葉を。
 ひどい寝汗で目覚める、十八回めの朝だった。


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